NHKについては、私もiRONNAや自分のブログで散々書いてきましたし、NHKのあり方について、あるいは受信料制度について賛否両論あるのは知っています。私もNHK擁護一辺倒ではなく、最近はNHKのあり方に対して批判的な記事も書いています。

 世の中にはNHKを見ない人、NHKが嫌いな人が一定割合いるのは知っています。それはむしろ当然のことであり、世の中が健全な証拠です。日本中の人が一人残らずNHKの信奉者だったら、それはそれで文化の多様性という観点から見て気持ちの悪い状態でしょう。

 番組の一本一本についても、あるものは左翼的だと非難され、あるものは右翼的だと非難され、さまざまな世間の批判にさらされながら動的なバランスをとっているとしたら、それはNHKのあり方として間違っていないと思います。私もNHKで働いていた頃には、このような番組を放送するなら受信料を払わないぞ、とお叱りの声を受けることが、右派からも左派からも数えきれずありました。

 NHKを見ない人が世の中に一定割合存在するのと同様に、受信料を払いたくない人が一定割合いることも当然のことでしょう。NHKを見ないから受信料を払わない人、NHKを見るけど受信料を払わない人、払いたくないけど義務だからしぶしぶ払っている人。さまざまな人がいると思います。自ら進んで、喜んで受信料を支払っている人は、むしろ少数派かもしれません。誰だって無料ならその方がありがたいと思うでしょう。

 そんな中でNHKを見ず受信料を払わない人が、国民の中に一定割合存在することと、その一定割合の人の投票行動が、国政選挙での票数に結びつくこととは、無関係だと今まで私は思っていました。受信料問題はたかがテレビの話に過ぎないし、月に2千円程度の話。国政はもっと大きな年金や税金、外交や安全保障といった重要な話。全く次元の違うこれら二つが、同じ土俵で扱われるとは、よもや思ってもみませんでした。

 立花氏は国民の中に一定割合存在するNHK嫌いな人の数を、そのまま国政選挙の票数に結びつけ、受信料問題と国政を同じテーブルに乗せるという、とんでもないことをやらかしたのです。それにまんまと引っかかった有権者が、これまた一定割合存在したというのが、ことの本質でしょう。

 NHK嫌いな人の割合×引っかかった人の割合=0・03、という計算になります。
NHK放送センター=東京都渋谷区(古厩正樹撮影)
NHK放送センター=東京都渋谷区(古厩正樹撮影)
 先の参院選には、N国と並んで、佐野秀光氏が代表の「安楽死制度を考える会」という政治団体がポスターで目立っていて、ぎょっとしました。これもまた国民の中に一定割合存在する、安楽死を願う人の票をピンポイントで集めようとする作戦だったと思われます。佐野氏は前回「支持政党なし」という意表を突いた名称で届け出た人物です。

 この安楽死には幸いなことに引っかかる人は少なく、議席獲得にはつながりませんでしたが、立花氏のN国も五十歩百歩です。どちらも政策を持たず、矮小化した身近な話題に論点を絞ることで票を集めようとする団体であることに変わりはありません。