このような反アート運動は欧州のアナーキズム(無政府主義)運動やアウトノミア(自立)という左翼の社会運動との関連が非常に深いものだ。そういう意味で「なごやトリエンナーレ」も一種の政治・思想運動なのだが、さらに複雑なのは、この「なごやトリエンナーレ」の運動に連なる関係者には、アナーキズムを信奉する人もいれば、右翼の超国家主義(ファシズム)団体の人もいるし、LGBT(性的少数者)支援の人もいるし、アイヌの少数民族支援運動をしている人もいるということである。そういう意味でも、彼らが政治的な立場を度外視していることは明らかで、慰安婦像や昭和天皇の肖像についての取り扱い方になんらかの政治的な抗議をしたというものではないのは明らかだろう。

 例えば、その関係者の一人に、今話題の「NHKから国民を守る党」から参院選の大阪選挙区で立候補した尾崎全紀氏がいる。

 「まあ、なんというか逮捕されたのはうかつだったと思います。でも、彼自身はこの逮捕されたことによって、またアートとしての表現を拡張できたので、よかったとも思っているところもあるんじゃないですかね」

 今回逮捕されたM氏と交友がある尾崎氏は、こう理解を示す。

 M氏は、当初からこのあいちトリエンナーレならぬ「なごやトリエンナーレ」の立ち上げから主要メンバーとしてかかわってきたが、日常的に日本軍の軍服を着て闊歩(かっぽ)するような人であり、たしかに超国家主義団体には所属するので、天皇の肖像画が焼かれるというものに忸怩(じくじ)たる思いもあったかもしれないが、あくまでも目的はこの反アート運動としてあいちトリエンナーレに絡んでいくことだったのである。

 ここまで背景を説明して、ようやく逮捕劇の真相を語ることができる。

 まずは、この逮捕があった8月7日に先立ち、7月31日、愛知芸術文化センターの前で、「なごやトリエンナーレ」が行っていたゲリライベント「騒音の夕べ」が行われた。ワゴン車で施設前の路上に乗りつけ、大音量でノイズをまき散らすというパフォーマンスである。爆音ノイズだけではなく、グラフィックスアートのパフォーマンスもあった模様だ。それに使っていた絵の具が、美術館の敷地を汚したということで、職員からふき取るように注意された。確かに公道で行われた爆音イベントは「騒音」であり、それに絵の具までまいていたとなれば、職員にも注意されることだろう。もちろん、それは彼らからしてみれば、アートパフォーマンスであり、反体制のアート運動である。

 さらに、床清掃をするように求められた(叱責された?)のを、あいちトリエンナーレの会場に入るためのチャンスだと思った「騒音の夕べ」のパフォーマーたちは、8月7日に清掃用具をもって、こちらも汚れていませんか? とばかりに、美術館内部に清掃作業を口実に乱入。床に持参したバケツで水をまくなどして、一種の妨害行動に出る。

 そこで当然ながら警備とひともんちゃくがあり、その後に警察が呼ばれた。折しも、世の中では「表現の不自由展・その後」をめぐり、極めて政治的な意味での抗議が殺到し、その展示の中止が決まったばかりである。当然、会場は別の意味でピリピリしており、警察も通常の警察ではなく、思想・政治犯を担当する公安警察が来ていたともいう。

 そこで彼らは乱入という手段によって反アートの思想を展開する。「あいちトリエンナーレの中の『表現の不自由展』のイベントは、その表現を弾圧するものも存在して初めて意味を持つのではないか。ならば、その弾圧をパフォーマンスとして私たちがやってあげようじゃないか」

 一般の方々には非常に分かりにくいだろうが、これはいわば彼らの反アートな「ノリツッコミ」なのでもある。
「あいちトリエンナーレ2019」実行委員会が展示の中止を決めた「平和の少女像」=2019年8月3日、名古屋市
「あいちトリエンナーレ2019」実行委員会が展示の中止を決めた「平和の少女像」=2019年8月3日、名古屋市
 さらにはこの理屈をさらに反転させて、自分たちが路上での爆音ノイズのゲリライベントができないのは、「表現の不自由」なのではないかとも主張した。

 そしてその矛盾について説明せよと、芸術監督の津田大介氏を呼び出すように、あいちトリエンナーレ関係者に要求した。もちろん無理難題である。さらに、かつて津田氏がどういうわけかツイッターで彼らに向けて書いた「いろいろ連携していきましょう」という、どうみても社交辞令のツイートをプリントアウトして、それをあいちトリエンナーレのスタッフに提示して盾にし、「連携しましょうと言うからやってきた」とさらに要求をエスカレートさせていったのである。