三木は、青嵐会の中心人物である彼らを懐柔する。あまりの接近ぶりに、ニューライトで三木の信奉者だった河野洋平などは、失望して自民党を脱党したほどだった(新自由クラブ)。三木はマスコミ受けを狙いニューライトを標榜していたが、特に堅固な思想があるわけではない。政権維持のためなら、青嵐会と手を組んだ。そして、彼らが要求する「8月15日の靖国参拝」をのんだ。

 8月15日が特別な意味を持つのは、ここからである。三木はバルカン政治家と言われた策士である。青嵐会の若手如きの言いなりになる政治家ではない。三木は「私的参拝」であると、必要以上にマスコミの前でアピールした。公用車を使わず、タクシーの支払いもわざわざ胸の内ポケットから自分で財布を出すところまでカメラに撮らせた。

 8月15日が特別な意味を持つようになったのは、考えなし保守が、権力亡者の自民党政治家に利用された、政治の産物に過ぎないのだ。

 これに輪をかけたのが、中曽根だ。

 昭和60年、中曽根は首相として初めて、8月15日に靖国神社を公式参拝する。ところが、翌年は諸外国の圧力に屈して取りやめてしまった。ここに、「参拝が、公式か私的か」「8月15日に行くかどうか」「そもそも参拝するかどうか」が、内政のみならず、国際問題と化す。

 唯一、毎年参拝した首相が小泉純一郎で、退陣が決まっていた政権最後の年に、ようやく公約通りに8月15日に参拝した。そして安倍晋三首相は二度の政権において、第二次内閣の平成25年12月26日に参拝したのが唯一だ。

 第二次安倍内閣は、靖国神社で最も大切な行事である、春秋の例大祭に参拝することで決着を付けようとしていた。ところが、力が足りず今に至る。

 6年も政権を独占している首相が参拝できないのに、天皇陛下に、よりによって8月15日に参拝せよなど、何がしたいのか? その後の責任を、誰も取れないではないか?
一般参賀に訪れた人たちに手を振られる天皇陛下と皇后さま=2019年5月4日、皇居・宮殿(川口良介撮影)
一般参賀に訪れた人たちに手を振られる天皇陛下と皇后さま=2019年5月4日、皇居・宮殿(川口良介撮影)
 私は、日ごろは宮内庁の態度に批判的だと自負しているが、報道で言われているように、天皇陛下に8月15日に参拝してほしいとの依頼を断ったとしたら、当然だと考える。私でも断る。

 さて、根本的な問題である。なぜ、天皇陛下は靖国神社に参拝できないのか。今この状況で「8月15日に参拝せよ」などと迫ることが、この本質から目を背けさせる。

 これが愚論である、第三の理由だ。

 もちろん、政治問題化し、総理大臣が参拝できないようなこじれた状況になったから、ということなのだが、より直接的に阻止している勢力の存在が、どれほど知られているだろうか。

 はっきり言うが、内閣法制局が阻止しているのである。