鍛冶俊樹(軍事ジャーナリスト)

 日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄か継続かをめぐり、22日朝のニュースは「午後に韓国政府が決定する」と伝えていた。韓国系メディアの多くは「継続」と予想していたが、ともかく決定の発表を待つ他なかった。

 待つ間、「何か映画でも」と探したところ、格好の映画があった。『工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男』という韓国映画で1990年代、対北工作に関わった韓国情報部員の実話に基づいている。

 私は韓流ファンではないし、日本製品が韓国製品に劣るはずはないと信じているが、唯一の例外は映画で、日本映画にはもはや秀作を期待できない中、韓国映画にはたまに秀作があるという現実を認めざるを得ない。

 この映画もその秀作の一つで、派手なスパイアクションがあるわけでも、セックスシーンがあるわけでもなく、緊密な画面構成の上に俳優たちの演技が生かされ重厚なストーリーが展開していく作品である。

 こうした映画は、もはや日本では到底実現できないと私は思うが、そのわけは一口に言って軍事アレルギーの有無である。すなわち日本は憲法9条からくる軍事否定の風潮の下で、自衛ではなく軍事を前提にしたドラマの製作は不可能なのだ。

 振り返れば、韓国では共産主義の浸透に危機感を抱いた軍部が1961年にクーデタを起こし、以後30年間、軍事政権が続いていた。民主的な選挙で軍出身でない大統領が選出されるようになったのは1992年からである。

 当時、すでにソ連は崩壊しており、欧州では共産主義の脅威は過去のものとなっていたが、東アジアでは中国、北朝鮮、ベトナムなど共産主義国家は厳然としてあった。中国やベトナムは改革開放などに動き出していたが、北朝鮮は旧態依然どころかむしろ過激化し、核兵器開発に狂奔し始めた。

 また、北朝鮮の韓国に対する浸透工作は、韓国の民主化に伴い軍事政権時代よりも取り締まりがゆるくなったため、かえって拡大していた。当時の韓国の保守政権は韓国に左翼政権が誕生すれば、北朝鮮に乗っ取られてしまうと懸念していたのである。

 韓国の保守政権が左翼政権の出現を阻止するために、当時の北朝鮮の金正日(キム・ジョンイル)政権にカネを渡して、朝鮮半島危機を演出させようとするストーリーは、実際に起きた事件を明確になぞっており、迫真性に富んでいる。

 現在に置き換えれば、トランプ政権が金正恩(キム・ジョンウン)政権と手を結んで韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権の転覆を企てるというような物語になろうか。この映画は、韓国に左翼政権が出現するのを阻止するため、北朝鮮が韓国保守派と結ぼうとした状況を綿密に描いているのである。
韓国大統領府で開かれた会合でGSOMIAに関する報告を受ける文在寅大統領(左から2人目)=2019年8月(韓国大統領府提供=共同)
韓国大統領府で開かれた会合でGSOMIAに関する報告を受ける文在寅大統領(左から2人目)=2019年8月(韓国大統領府提供=共同)
 さて、韓国は大方の予想を裏切ってGSOMIAをあっさり破棄してしまった。日米は失望、遺憾を表明しているし、「韓国が日米陣営から中露陣営に寝返った」というような論評も見られる。しかし、果たして真相はどうか?