これは米国とも欧州とも異なる「第三の道」であると指摘できる。このような「日本型」ヘイトスピーチ法について評価を下すのはまだ難しいが、現段階でどのように見ることができるのか、本稿で少しだけ検討したい。

 「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」、いわゆるヘイトスピーチ解消法は全7条からなる比較的短い法律である。第1条で、不当な差別的言動の解消が日本にとって喫緊の課題であるとして、この問題に取り組むことを宣言している。

 第2条は、同法が取り組む「不当な差別的言動」を、「専ら本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」(以下「本邦外出身者」)を、「本邦の域外にある国又は地域の出身であることを理由として、本邦外出身者を地域社会から排除することを煽動する不当な差別的言動」と定義する。すなわち、同法が対象とする「不当な差別的言動」は特定の対象に向けたものだけではない。

 これまで、名誉毀損罪や侮辱罪など既存の法が適用され得るヘイトスピーチとは、特定の人や集団に向けられたものだけであるとされてきた。同法は、既存の法の射程を超えている点に特徴がある。

 第3条は国民に対する努力義務を規定している。この条文は国民に対して、「差別的言動の解消の必要性に対する理解を深める」ことと、「差別的言動のない社会の実現に寄与するよう努め」ることを求めている。

 第4条は国と地方公共団体に対して、本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組に関する施策を実施することを求めている。そして5条以下で、本邦外出身者に対する不当な差別的言動に対する具体的な施策を示している。5条では、相談体制の整備、6条では教育活動の実施、7条では広報その他の啓発活動の実施を、それぞれ国と地方公共団体に求めている。

 ヘイトスピーチ解消法にはさまざまな問題点が指摘されている。一つは定義の問題である。同法が対象とする不当な差別的言動とは、「本邦の域外にある国若しくは地域の出身である者又はその子孫であって適法に居住するもの」に向けられたものであると定義されている。つまり、本邦内出身のマイノリティーや、不法移民などに対するヘイトスピーチは、解消法の対象となっていない。

 言うまでもなく、日本には、アイヌ民族や琉球(りゅうきゅう)民族など多くの民族的マイノリティーがいる。ただし、衆参両院の法務委員会の付帯決議において、同法が規定する不当な差別的言動以外のものであれば、いかなる差別的言動であっても許されるとの理解は誤りである旨明言している。
2016年5月、ヘイトスピーチ解消法案が与野党の賛成多数で可決、成立した衆院本会議(斎藤良雄撮影)
2016年5月、ヘイトスピーチ解消法案が与野党の賛成多数で可決、成立した衆院本会議(斎藤良雄撮影)
 また、第2条の定義については他の問題もある。条文が規定する不当な差別的言動は、本邦外出身者に対する地域社会からの排除の煽動である。このような表現行為は、それが特定の者や集団に向けられていない限り、それ自体は犯罪ではない。

 しかしながら、犯罪行為の煽動ですら、それ自体では何ら害悪をもたらすものではないため、犯罪の実行と無関係に処罰するべきではないと考えられ、規制範囲を限定すべきだといわれている。そうであるならば、第2条の定義は十分に限定されているといえるか、疑問が残る。