最大の問題はヘイトスピーチに対する罰則を規定していない点にある。同法は国と地方公共団体、そして国民に対して、不当な差別的言動の解消に努めるように求めているだけであり、ヘイトスピーチが違法であるとか、禁止されるなどとは規定していない。

 これについて、一方で、同法は、ヘイトスピーチ対策の必要性と表現の自由とをうまく調整した法律との評価が可能である。ヘイトスピーチの規制に消極的な主張の多くは、ヘイトスピーチの定義が困難であることや、規制法が乱用される危険性があることなどを理由にしている。そのため、規制を設けない理念法にしたことにより、表現の自由との衝突を回避(棚上げ?)することができたといえる。

 他方で、法の効果を疑問視する意見もある。これは、罰則のない理念法にヘイトスピーチを抑止する効果があるのか、という指摘である。

 それでは、ヘイトスピーチ解消法が制定された意義とはどのように考えればよいのか。ここで注目されるのは、同法が国や地方公共団体に啓発や教育活動を求めている点である。

 例えば、これを受けて、法務省は新聞広告やポスター・リーフレット、啓発冊子、交通広告(駅構内広告)、インターネット広告及びスポット映像による啓発を行う。また、人権教室等の各種研修における啓発機会及び相談窓口の周知広報を充実させるなどしている。

 啓発や教育活動などは、ヘイトスピーチを「規制」することなく、減らす効果があると期待されている。公職選挙で選ばれた者による声明(例えば、米国では、ヘイトクライムが頻発した時期に、ブッシュ大統領が非難声明を出している)、情報の宣伝、生徒への教育などさまざまな非規制的手法によって、表現の自由との衝突を回避しつつ、ヘイトスピーチを思いとどまらせる道を探ることが、ヘイトスピーチ解消法が求めるやり方といえる。

 ヘイトスピーチ解消法が地方公共団体に対して、「当該地域の実情に応じた施策を講ずるよう努める」ことを求めていることを受け、いくつかの地方公共団体が、ヘイトスピーチに関する何らかの対策を採り始めた。そのような中、2019年6月に川崎市が公表した、「差別のない人権尊重のまちづくり条例(仮称)」は、全国で初めて罰則規定を設けたことで注目を集めている。川崎市は、同年12月の成立を目指す方針を示した。

 上述のように、ヘイトスピーチ解消法は罰則を設けておらず、その実効性を問題視する意見もあった。同法制定からまだ3年しかたっていないため、同法によるヘイトスピーチの抑止効果について評価を下すのは難しい。

記者会見を行う川崎市の福田紀彦市長=2019年2月
記者会見を行う川崎市の福田紀彦市長
=2019年2月
 しかし、さらなる抑止効果を求めて罰則規定を設けるということはありうる方向性であろう。いくつかの地方公共団体が、ガイドラインを作成して、公の施設の利用を制限しようとしているが、事前抑制の要素もある利用制限に比べると、事後に罰則を科す方がよいという評価もあり得る。

 川崎市の条例案は市域内の道路や公園、広場、駅その他の公共の場所において、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動」を行うなどした者に対して、いきなり罰則を科すのではなく、まずは、同様の行為を繰り返さないように市長が勧告(1回目)、命令(2回目)する。そして、命令に従わず、同様の違反行為を繰り返した場合に初めて50万円以下の罰金を科すとしており、表現の自由に対する配慮もなされている。