なお、命令に従わない者については、市長が、その氏名や団体の名称、住所、団体の代表者などの氏名などを公表するとされている。

 この条例案についてはさまざまな問題点が指摘され得るが、ここでは1点だけ指摘するにとどめる。同条例が対象とする「不当な差別的言動」は、ヘイトスピーチ解消法2条の定義を用いている。

 既に指摘したように、同法の「不当な差別的言動」の定義は非常に曖昧である。国会の審議でも、同法が刑罰などを科さない理念法のため、曖昧な定義でも許容されることが指摘されている。罰則を科すのであれば、定義を明確にする必要がある。

 日本の裁判所は、これまで表現の自由を規制する法を違憲としたことはない。おそらく川崎市の条例も、裁判所は合憲と判断する可能性が高いだろう。

 しかし、表現の(表現だけではないが)規制立法は、乱用されてきた歴史があることを忘れてはならない。表現の自由が過度に規制されるとき、標的にされるのは多数派にとって不人気な表現であることに注意が必要である。

 比較的近い例としては、米国で、公民権運動を妨害するために名誉毀損法などが利用されてきたことが指摘される。実際日本でも、過去に与党議員がヘイトスピーチの規制とともに国会議事堂周辺のデモ活動も禁止すべきであると発言したことがある。

 表現の自由に配慮した手続きを規定している点は評価できるが、そもそもの規制範囲が曖昧では意味がない。川崎市が今後、この点についてどのように対応するか、あるいはしないかが注目される。

 川崎市のように、罰則を科すことを検討する地方自治体は今後も出てくるだろう。その場合には、本稿が指摘したように、ヘイトスピーチをどのように定義するのかが課題となるだろう。
2019年6月、川崎市役所で会見する「ヘイトスピーチを許さない かわさき市民ネットワーク」の崔江以子さん(中央)、神原元弁護士(右から2人目)ら
2019年6月、川崎市役所で会見する「ヘイトスピーチを許さない かわさき市民ネットワーク」の崔江以子さん(中央)、神原元弁護士(右から2人目)ら
 私見では、ヘイトスピーチというのは雑多な概念が含まれる言葉であるため、その外延を明確にすることはほとんど不可能である。「○○人はゴキブリだ」「○○人は日本から出ていけ」「○○人を殺せ」などを同じ概念として定義づけることにそもそも無理があるだろう。

 つまり、ヘイトスピーチといってもさまざまなものがあるので、ひとくくりに考えないようにする。そうして、害悪や態様などを考慮して類型化し、それぞれ規制の可能性(あるいは規制の限界)を探るべきだろう。