奈須祐治(西南学院大法学部教授)

 ヘイトスピーチ解消法が施行されて3年が経過し、国・地方自治体によるさまざまな取り組みがなされてきた。しかし、日本のヘイトスピーチ対策は全く十分とはいえない。

 そもそも、ヘイトスピーチに関わる法的施策が本格的に展開されるようになったのは、2000年代の終わりごろに排外的な活動が活発化して以降である。諸外国では何十年も前から(欧米諸国では戦前から)法規制のあり方が議論されてきた。ヘイトスピーチの規制は技術的に極めて難しく、長期にわたる試行錯誤が求められるのである。

 規制が難しい最大の理由として、ヘイトスピーチの多様性が挙げられる。規制の対象になるヘイトスピーチを捉えきれないと、政治や政策に関わる議論などの、本来保護すべき表現まで規制の網に入れてしまったり、そうした表現を萎縮させてしまったりする。

 まず、ヘイトスピーチの形態の多様性を指摘できる。例えば、同じヘイトスピーチといっても、○○という民族に属する特定の個人を名指しするのか、○○人全体に向けるのかで大きく性格が異なる。

 道路や公園など公共の場でのヘイトスピーチのように、標的となる○○人の1人がいるかもしれないと承知で発するときと、そうでないときも区別できよう。ここではそれぞれを、特定型・不特定型、面前型・非面前型として区別しておきたい(表1-A・表1-B)。
【表1】
【表1】
 ヘイトスピーチが生む害悪に着目した分類もできる。ヘイトスピーチを犠牲者が直接耳にして名誉感情などが傷つけられる場合と、犠牲者とは無関係な第三者(多数者としての日本人など)の差別感情をあおることにより、後にその第三者のなかの誰かが犠牲者に暴力をふるったりする場合を区別できる。前者は言論と害悪の間の因果関係が直接的なので「直接型」と称し、後者は第三者を媒介するので「間接型」と称する(表2-A)。

 また、生まれる害悪が突発的・即時的であるか、後に時間がたってから生じるかによって類別できる。後者の場合について、短期的なものと長期的なものを分けることもできる(表2-B)。

 あるいは、ヘイトスピーチが名誉感情や生活の平穏など個人の利益を害する場合と、差別を蔓延(まんえん)させたり秩序を破壊したりして社会的利益を害する場合を区別できる。法律用語では、法益(法的に守られる利益)という言葉が使われるので、それぞれを個人的法益・社会的法益と称しておく(表2-C)。

 この法益を例示的に列挙したのが表2-Dである。左から二つ目までは個人的法益、その他は社会的法益として性格づけられる。
【表2】
【表2】
 ヘイトスピーチを伝達方法によって分類することも可能だ。同じ内容のヘイトスピーチでも「殺せ」のような過激な言葉を使う場合と、オブラートに包んで伝える場合では性格が異なる(表3-A)。表3-Bはヘイトスピーチの伝達に使われる主要な「媒体」の例を挙げたものである。 
【表3】
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