いわゆる環境型ハラスメントは、表1A・Bでいう不特定型+面前型のヘイトスピーチにあたるもの(職場の特定の誰かを名指しするわけでないが、差別的発言を職場内で繰り返す行為など)も含むが、この規制も憲法に違反しないと考えられている。ハラスメント法は職場から大学へと拡張し、多数の大学で公民権法第7編に準じる規制が設けられた。こうした点に照らすと、アメリカでは表4-Aにいう組織内での規律が厳しくなされているものと評価できる。

 これに加え、アメリカでは憲法は原則として私人間に適用されないと考えられているため、企業・団体や私立学校などの民間セクターでヘイトスピーチを規制することは広く認められている。また、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)などのIT企業がインターネット上のヘイトスピーチを自主的に制約しても憲法違反にはならない。トランプ大統領の登場以降はかなり様相が変わっているものの、アメリカでは社会全体でヘイトスピーチを非難する論調が日本よりはるかに強いということも、以前から指摘されてきた。

 一方、カナダの法律はアメリカと大きく異なる。カナダは表1-Aにいう特定型はもちろん、不特定型の規制をも広く行っている。

 しかも、カナダの刑法は、表2-Dにいう「差別や憎悪の助長」を規制の理由にしている。これは表2-A・Bでいう「間接型」の「長期的」な害悪、しかも表2-Cにいう社会的法益をターゲットにしていることを意味する。

 このようなタイプの害悪を理由に規制することは、表現の自由の理論の点で大きな問題があると指摘されてきた。ヘイトスピーチを聞いてどう思うかは聞き手に任せるべきことだし、長期的にみて憎悪や偏見が醸成されたかどうかは証明が難しいからである。

 また、カナダは表4-Aの施策でいうと、刑事規制に加え、人権法という人権保護に特化した法律による規制も行っている点で特徴がある。ただし、現在人権法で広くヘイトスピーチを規制しているのは西部のいくつかの州に限られる。

 こうした規制のあり方は、憲法の中に多文化主義条項を含むカナダらしい対応だといえる。とはいえ、カナダも表現の自由に配慮していないわけではない。
※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ)
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 まず、各州の法務総裁(Attorney General)の同意がないと原則として刑法の規定による起訴ができないため、頻繁に法律を適用することは難しい。また、裁判所が刑法・人権法の規定の内容を限定する解釈を行ってきたため、表3-Aでいう態様の面で、過激で極端なものだけが制約の対象になっている。

 さらに、先に述べたように、カナダはいくつかの州で人権法による規制を行っているが、連邦の人権法による規制は数年前に廃止された。インターネットのヘイトスピーチは主に連邦の人権法によって規制されてきた。州の人権法は存在するが、管轄の問題があってネット上のヘイトスピーチには適用されないという判例がある。したがって、現在カナダではオンライン上のヘイトスピーチに対する有効な法的規制が欠けている。