また、近時いくつかの地方自治体が、排外主義を唱える者らによる公の施設の利用に関してガイドラインを定め、場合によって利用の拒否を認めている。アメリカでは、こうした措置を憲法違反とした判例がいくつか見られる。ヘイトスピーチの規制に関して、日本の方がアメリカよりも踏み込んでいる部分もあるのだ。

 しかし依然として、不特定型のヘイトスピーチが罰則付きで規制されていないという事実は重要である。最近は、排外的なデモや街宣で用いられる言葉遣いが穏健になったといわれるが、今でもこうしたデモは多数行われているし、デモでの発言内容自体もそれほど前と変わらない。

 さらに、排外主義を唱えていた人々が選挙に立候補し、選挙運動の場を使って自らの立場に正統性の外観を与えるという現象も見られる。また、インターネット上のヘイトスピーチは、穏健なものから過激なものまで多数蔓延(はびこ)っており、事業者の対応が追いついていない。

 以上に加えて、重要なことは、特定型のヘイトスピーチは刑法の脅迫罪や名誉毀損罪などで対応可能なのに、個人が標的になってもなかなか警察や検察が動いてくれないと報じられている。

 こうした状況を踏まえると、今でもヘイトスピーチ規制論議がやまないのは当然のことである。それでは、今年6月に発表された川崎市の条例案は、どのように評価できるだろうか。

 この条例案は、日本で初めてヘイトスピーチを刑事規制の対象にしようとするもので、論争を呼んでいる。この条例の具体的内容はまだ定まっていないが、6月に発表された資料によれば、「市の区域内の道路、公園、広場、駅その他の公共の場所」での差別的言動が刑事罰の対象になるとされる。

 これはインターネットや書籍などにおけるヘイトスピーチを対象にせず、マイノリティーの人々が直接ヘイトスピーチに対面しうる状況を想定している。つまり、表1-Bの面前型のヘイトスピーチに対象を絞っているのである。

 直接型の害悪を想定しつつ(表2-A)、主として個人的法益(表2-C)の保護を図っていると考えることもできる。上述したカナダやイギリスの規制と比べるとより明確な害悪をターゲットにし、保護法益も限定していることが分かる。

 しかも、資料によれば、違反行為がなされた場合はまず勧告がなされ、それでもその行為が繰り返されたら命令が発せられ、その命令を無視して違反行為に及んだら氏名などを公表するとともに罰則を科すことになっている。
川崎市が公表したヘイト禁止条例素案について、賛同の署名を呼びかける市民グループのメンバー=2019年8月、JR川崎駅前
川崎市が公表したヘイト禁止条例素案について、賛同の署名を呼びかける市民グループのメンバー=2019年8月、JR川崎駅前
 また、罰則を科すまでに「差別防止対策等審査会」という有識者会議の意見を聴取することになっているし、行為者に意見陳述等の機会が付与されている。イギリスやカナダの法務総裁の同意という仕組みよりもはるかに慎重で、表現の自由に配慮したものと評価できる。表現の自由の観点から今回の川崎市の動きを警戒する声も出ているが、刑事規制という側面だけを捉えて表現の自由に対する脅威を主張するのは誤っている。
 
 ここで紹介した各国はかなり前から規制論議を行ってきたが(例えば、アメリカでは法規制の議論は20世紀初頭から行われている)、まだ理想的な規制のあり方を確立しているとはいえない。冒頭に述べたように、日本のヘイトスピーチ対策はまだ始まったばかりだ。今後何十年にもわたって模索が続くと認識しなければならない。

 繰り返しになるが、ヘイトスピーチの内容は多様であり、それに応じて法的措置も色々である。民間においても、自主規制を含めさまざまな対策が考えられる。規制できるかどうかという単純化した問いではなく、国や自治体、民間企業、そして市民がヘイトスピーチの多様性を直視しつつ、実態に即した対策をきめ細かく講じていくことが肝要である。