若林亜紀(ジャーナリスト)
 
 今年8月、横浜市の林文子市長が会見でカジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致を表明した。会見の場には反対派が陳情に訪れていた。市長は無視を通すも、会見終了後に書類を放り投げる荒れた影をTBSのカメラが捉え、報道されてしまった。

 林市長は、ダイエー会長などを歴任して市長に転進、与野党の支持を取り付け、オール与党の市議会を運営する3期目である。本来は余裕があるはずだが、それに合わないぶち切れぶり、何があるのか。

 林文子市長は、一貫して「上からの引き立て」で今の地位に上り詰めてきた。

 氏は1946年生まれの73歳。1965年、高校を卒業して繊維会社に就職するも、電器メーカーに転職して事業部長の秘書となり、実力者への気配りを身につけた。20代はお茶くみなどの雑用事務が仕事だったそうだ。

 その後、77年、31歳で車の販売員に応募。「一日100人の人に会い」トップ営業に昇りつめた。87年、41歳で外車ディーラーに転職。外車が飛ぶように売れたバブル時代、93年に上司の引きで支店長になった。99年に別の外車販売会社の社長になる。

 04年には米国から「引き立て」を得た。同年にウォールストリート・ジャーナル誌で、「注目すべき世界の女性経営者50人」に選出された。小泉構造改革で日本市場の外資への開放が進む中、その仲介の役割を期待されたのかもしれない。

 05年には経営再建中のダイエーの会長に就任。08年には東京日産自動車販売の社長となる。そして、09年に中田宏前市長の辞任に伴う横浜市長選挙で、民主党から出馬する。これも「上の引き」だった。当時、民主党の横浜市議団は元自治省官僚で当時副市長であった男性を候補に推していた。けれども、民主党の神奈川県連が林氏を連れてきて、いわば「上から」候補に据えた。

 選挙は民主党躍進の波に乗り、氏も当選した。ただし、無所属で出馬した実質自民の新人候補と接戦の末の辛勝だった。

 しかも、市議会の与党は自民党である。林市長は、元横浜市議で神奈川自民の大物であり、2012年に官房長官に就任した菅義偉氏に近づき、引きを得る。

 2013年の2期目をかけた市長選では、菅官房長官が林氏の応援に入り、自民も公明も対立候補を出さない無風選挙となった。しかし、市民はしらけて投票率は29%の低さだった。

 しかし、この無風選挙の代償が、カジノ誘致だった。

 2013年ごろから日米のカジノ業者が自民党の国会議員のパーティー券を買い始める(週刊文春報道より)。2016年にはIR整備推進法が通った。米国企業の資本であるシンガポールのマリーナベイ・サンズをモデルにした、カジノを含む総合リゾート施設の整備を推進するというものだ。
IR誘致方針を発表する横浜市の林文子市長=横浜市役所
IR誘致方針を発表する横浜市の林文子市長=2019年8月25日、横浜市役所
 林市長も誘致に前向きであると表明した。横浜では、菅官房長官はじめ、商工会議所も、またカジノ予定地にある横浜港運協会も賛成だった。

 しかし、2017年の林氏の3期目をかけた選挙前に、ほころびが生じた。通称「浜のドン」、横浜港運協会の藤木幸夫会長が突然反対に転じたのだ。

 「MICE(国際会議場、展示場、併設の商用宿泊施設)で行く、そして、その開発は外資ではなく、自分たち港湾事業者が自ら行う」と主張している。