横浜は貿易港で、世界各国からやってくる外国貨物船の荷揚げに、日雇いの港湾労働者が従事してきた。彼らを束ねてきたのが藤木氏の父が始めた港湾荷役業だ。

 今は港運協会会長として、開発予定地の山下埠頭(ふとう)の倉庫や事務所をもつ企業を束ねている。今の貨物はコンテナが使える大黒埠頭などに主流が移り、また、輸出港としては東京や中国に株を奪われ、勢いは衰えているため、藤木氏らも生き残りに必死だ。

 当初は藤木氏ら港湾関係者もカジノ利権にあずかれると思われたが、外資と国の主導で地場企業に得がないことを知って反対に転じたとみられている。

 横浜に関心を示しているのはトランプの支援者である米国のカジノ業者であり、だからこそ自民党も菅官房長官も仲介に熱心なのであるが、米国は贈賄防止法が厳しく、外国の政治家や公務員、港湾関係者に対し、不当に利益を供与すれば、巨額の罰金を科せられるからだ。

 17年の市長選はカジノ誘致が争点のひとつになった。市長は、藤木氏らに配慮し、カジノ誘致をいったん白紙にし、公約には「カジノは慎重に検討」として臨んだ。また、旧民主系は反対なので、支持母体である連合の推薦を得るためにも玉虫色の公約にしたのだ。

 林市長以外の野党候補はカジノ反対を唱えたが、野党は林氏を支持する連合(大企業・公務員労組)と郊外の無党派市民層を支持基盤とする立憲民主系、旧小沢派系と分裂選挙になり、投票率も低かったため、林氏が自民公明連合の組織票で3選を果たした。

 そして18年、IR実施法が成立した。国内で最大3カ所に誘致、資金は外国資本をあてにし、主なターゲットは外国人旅行者。ギャンブル依存症対策として、日本人は入場料6000円で週に2回までしか入れないという条件を設けている。

 そして今年8月、林市長が正式に誘致を表明、藤木氏は「立ち退きには応じない、俺を殺してから来い」と徹底抗戦を宣言した。

 9月になるとカジノ反対の「市民による」署名運動が始まったが、今のところ、市民運動というよりは、林氏の政治的な対立陣営主導のものである。

 そんなイライラが、林市長の「書類放り投げ」につながったのではないか。菅長官の言うことを聞いてカジノを推進してきたのに、港湾業者の反対運動を押さえ込まない「上役」菅長官へのいら立ちだろうか。はたまた、菅長官の不興を買い、将来の大臣への引きといった褒章を失うことへの恐れか。
会見でIR誘致反対の意向を示す港湾事業団体「横浜港運協会」藤木幸夫会長=2019年、横浜港運会館
会見でIR誘致反対の意向を示す港湾事業団体「横浜港運協会」藤木幸夫会長=2019年5月15日、横浜港運会館
 本当は、菅長官に頼るのでなく、自ら利害調整を図るのが市長の仕事なのであるが、いずれにせよ市民不在の利権争いである。

 物語の中の王様やお殿様は、よい政策を考え出して国や地方をよきに導く。だが、現実の政治家は、選挙のときだけ有権者におもねり、当選後は献金をくれる既得権者の利害を調整して税金を配るだけだ。いや、昨今の低投票率では、選挙のときも組織票を束ねる有力者におもねるだけだ。

 73歳、3期目の林市長が、これまでのように上におもねって引き立ててもらうのでなく、市長のリーダーシップを発揮して横浜市を変えてくれることを期待したい。

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