向谷匡史(作家、ジャーナリスト)

 政治家と私たち国民との距離感は、実に面白い。会えば「先生」と呼んでかしこまってみせるが、一杯機嫌の〝居酒屋政談〟になると、「岸田(文雄政調会長)も弱腰でしょうがねぇな」

 ボロクソである。

 「あの野郎、安倍(晋三総理)に足蹴にされるのがわかんねぇのか」

 呼び捨てどころか、「あの野郎」だ。麻生(太郎副総理兼財務相)を「悪代官」と呼んだり、二階(俊博幹事長)を「妖怪ジイさん」と呼んだり、言いたい放題で、こういうのを「主権在民」にして「言論の自由」と言うのだろう。

 では、なぜ〝居酒屋政談〟は楽しいのか。

 政界が「煩悩のルツボ」であるからだ。権力欲を筆頭にあらゆる欲が煮えたぎり、権謀術数渦巻く世界はプロレス観戦と一緒。

 「コラッ、死ぬ気で戦わんかい!」。勝手なことも言えるし、見ていて実に楽しく面白いのである。だからメディアは内閣改造をめぐって連日、人事予測を飛ばしてきた。

 「○○大臣に急浮上」「××大臣で調整中」「重要閣僚に起用か」。勇ましい見出しが紙面に躍り、〝居酒屋政談〟も盛り上がる。

 当たるも八卦、当たらぬも八卦なら、人事も同様で、結果はご承知の通り。「その日になれば分かるのに、なぜメディアは人事予測に血道をあげるのか」「誰が大臣になるかではなく、この内閣は何をやるのかが大事」

 こうした批判は内閣改造や新政権発足のたびに出てくるが、〝居酒屋談義〟の楽しさに思いを馳せれば、この批判は的外れであることがお分かりだろう。

 人事をめぐる人間の欲と打算をサカナにすることが面白いのだ。プロレスと同じで、レフリーが「ワン、ツー、スリー!」とマットを叩いたところで人事ショーは終わり。だからメディアも試合中に煽らなければ意味がないということになる。

 筆者は、これまで劇画原作の連載を何作か手がけてきた。劇画は登場人物のキャラが勝負。ストーリーがどんなに面白くても、キャラに魅力がなければ読者にウケない。内閣もそれと同じで、その内閣が国民にウケるかどうかは、閣僚や与党役員のキャラが大きくものを言う。

 安倍総理はモリカケ問題など何度もピンチに陥りながら、結局、在任日数が歴代2位。今秋には憲政史上最長になる。これはひとえに安倍内閣に登場するキャラによるものと、筆者はみている。

 いちいちは記さないが、防衛大臣だった稲田朋美や、オリ・パラ担当大臣の桜田義孝の〝笑われるキャラ〟が大いに国民を沸かせた。あれは批判に見えて、本質はお笑いなのだ。
衆院本会議に臨む稲田朋美元防衛相(斎藤良雄撮影)
衆院本会議に臨む稲田朋美元防衛相(斎藤良雄撮影)
 一方で、菅義偉(よしひで)官房長官の木で鼻をくくったようなキャラの質疑応答がスパイスとなり、結果として安倍自民党という作品があきられることなく「長期連載」になっている。

 これが筆者と、友人である劇画誌のベテラン編集者氏の一致した見立てなのである。