有田芳生(参院議員)
 
 河野太郎議員は英語が堪能なことで外務省内でも高い評価を得ていた。

 しかし、語学力と政治力は別次元の能力である。河野議員の外相時代の行動を振り返れば、防衛相に就いても、国際政治において問題を起こし続けること、必定(ひつじょう)である。私の狭い経験からしてそう確信している。

 参議院予算委員会、拉致特別委員会で質問したときのことだ。拉致問題にどれほど関心があるのか、あるいはないのか。質問に対して手元にある答弁書を早口で読むばかりで議論は深まっていかない。違う角度から質問を繰り返しても、模範解答らしきものをぶっきらぼうに早口で読むだけだ。

 官僚が準備した答弁が現実からはるかにかけ離れていても、まさに「壊れたテープレコーダー」が同じ言葉を再生するだけなのである。予算委員会で拉致問題を質問したときも同じだった。安倍首相からして答弁書に目を落とし、そこにある文章を口にするばかりだから、河野議員だけの責任とするのは酷かもしれない。日本政治の惨状を体現しているだけだからだ。

 ここである映画を思い出す。『米軍(アメリカ)が最も恐れた男 カメジロー不屈の生涯』(佐古忠彦監督)というドキュメンタリー作品だ。「カメジロー」とは沖縄人民党の委員長だった瀬長亀次郎のことである。愛称「カメさん」だ。沖縄初の国政参加選挙となった1970年の衆議院選挙で沖縄人民党から立候補、当選している。

 沖縄が日本本土に復帰する課題は国会でも激しい議論になった。当時の首相はアメリカのニクソン大統領と交渉して沖縄の日本復帰を実現した佐藤栄作だ。国会の委員会で沖縄の本土復帰をめぐる議論が行われているシーンが圧巻だ。瀬長議員の沖縄の歴史と苦悩を背負った追及に佐藤首相が応じるのだが、注目すべきは答弁書など全く持っていないことである。「核抜き本土並み」という欺瞞(ぎまん)は、歴史がのちに証明することになるが、佐藤首相には持論を語るだけの迫力があった。まさに真剣勝負としての国会がかつてはあったのだ。それだけの思い入れと知識があったからこそできるディベートである。

 さて河野太郎議員である。ロシアとの領土交渉に関して記者の質問に答えることなく「次の質問どうぞ」を連発したのは、児戯(じぎ)に等しかったが、怒りを表明しない記者もだらしがない。

 河野議員が2018年8月から19年7月までの1年間に海外訪問のため、機上にあったのは約740時間だったと外務省が明らかにした。ほぼ1カ月を移動の航空機内で過ごしたことになる。「スタンプラリー外交」と皮肉られる根拠である。
官邸入りする河野太郎氏=2019年9月11日、首相官邸(納冨康撮影)
官邸入りする河野太郎氏=2019年9月11日、首相官邸(納冨康撮影)
 しかも国際会議場のどこにいるかをツイッターで「タローを探せ」と発信、おまけに「初級編」「中級編」とするなど、「ウォーリーを探せ」の河野版である。これもまた児戯に等しい行為であるが、あえて言えば趣味の世界だといえば自由の範疇(はんちゅう)だろう。

 問題はロシアとの領土問題でも、北朝鮮の拉致問題でもまったく成果をあげていないことである。