武田薫(スポーツライター)

 東京オリンピックのマラソン代表選考レース、MGCが9月15日に開催される。スタートは午前8時50分(女子は9時10分)、スタート・ゴールが明治神宮外苑(本番は国立競技場)という点を除けば、来年の本レースとほぼ同じコースで、上位2人がオリンピック代表に決まる。予想気温22~25度だから厳しいが、本番は女子が8月2日、男子は9日だから弱音を吐いてはいられない。

 MGCとはマラソングランドチャンピオンシップの略で、2年前から国内5大会(女子は4大会)を代表選考会の出場資格を得る指定競技会(MGCシリーズ)にして、最終的に男子30人、女子10人が出場することになった。川内優輝のように出場辞退した選手もいる。

 マラソンの代表は3枠で、残り1枠は12月から来年3月までの国内指定大会で、MGCシリーズの最高記録を上回る設定記録(男子は2時間5分49秒、女子は2時間22分22秒)を突破した選手に与えられる。3枠目の名称は「マラソングランドチャンピオンシップファイナルチャレンジ」。新聞記事ではこれだけで3行になり、いかにも大げさなところがMGCの特徴でもある。

 日本陸連がこの企画を持ち出した背景はマラソンの低迷だ。

 1951年に田中茂樹がボストンマラソンで優勝して以来、日本のマラソンは実業団組織を固めつつマラソンランナーを輩出してきた。64年の東京オリンピック代表となった寺沢徹、君原健二、円谷幸吉がその顔で、80年代に宗茂、宗猛、瀬古利彦、中山竹通らの切磋琢磨(せっさたくま)によって、お家芸としての地位を固めた。

 瀬古が福岡国際マラソン3連覇からボストン、ロンドン、シカゴを次々に制した80年代は、国際化とは言ってもいまのグローバル化までは進んでいなかった。90年代のグローバル化の波の中でケニア勢が「市場参入」してから、日本のマラソンは低迷を始める。
マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)公式記者会見。フォトセッションに臨む出場選手ら=2019年9月13日、東京都新宿区(納冨康撮影)
マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)公式記者会見。フォトセッションに臨む出場選手ら=2019年9月13日、東京都新宿区(納冨康撮影)
 1991年の世界陸上東京大会の谷口浩美の金メダル、翌92年のバルセロナオリンピックでの森下広一の銀メダルが分岐点で、この2人が共に実業団連合の老舗クラブ旭化成の選手だったことは意味深長だ。今回のMGCに旭化成は1人も代表を送り出せなかったからだ。

 すなわち、日本のマラソンの低迷は単にケニア参入という海外現象が理由ではなく、日本のマラソンの質的な問題だったのではないかということに思い当たる。