女子マラソンにも同じようなことが言える。男子が低迷した90年代から、有森裕子がバルセロナで銀、アトランタで銅、高橋尚子がシドニー、21世紀に入ってから野口みずきがアテネで、共に金メダルを獲得し、他にも鈴木博美、浅利純子、渋井陽子らがメダル獲得や記録更新の話題を次々に提供した。

 しかし、この上げ潮は小出義雄、藤田信之、鈴木従道、鈴木秀夫といった指導者の高齢化とともに尻すぼみになった。

 女子マラソンのオリンピック加入は84年のロサンゼルス大会で、参加者は50人(男子107人)という後発種目。グローバル化の中で世界に時差を取り戻され、野口が2005年のベルリンで出した2時間19分12秒の日本記録は手の届かないところに行ってしまった――。

 日本人に最もなじみ深いマラソンが、東京オリンピックを前に何の話題も提供できない。とにかく、2020年に向けて盛り上げようという苦肉の策が、MGCシリーズである。

 マラソンの代表選考が毎回もめるから、一発選考で公明正大にやろうという考えは、とってつけた理由だろう。条件の異なるマラソンで一発選考することが公明正大でベストな手段とは必ずしも言えない。

 MGCという一発選考が可能になったのは、単に80年代の瀬古や中山というスーパースターがいなくなったからだ。当時は、大会すなわち主催する新聞社が選手を奪い合い、「一発」に断固反対していたことを忘れてはいけない。

 MGCは「東京オリンピックを盛り上げる」手段で、日本のマラソンを強化する目的意識はない。

 結果論として、強化につながればいいという日本陸連の「奇策」に過ぎず、この竹やり戦術のような考え方に疑問を抱いている選手も多数いる。オリンピック後、福岡国際マラソンや大阪国際女子マラソンなどの伝統レースはどうなるのか? オリンピックという真夏のイベントに、夏の種目でもないマラソンの将来を預けていいのかとの議論もあるわけで、9月15日のレースには、こうした考え方の違いも潜んでいる。

 レース当日の予想気温は22~25度。暑さとの戦いになるが、このレースの最大の特徴は、記録は問わず順位を競うところだ。ペースメーカーもいない。過去の例でも、代表選考レースは相手をけん制し合う消極的な展開になりがちだ。

 記録は関係ないから、無理をせずに相手の様子をうかがって35キロ過ぎに勝負をかける戦術で、その先頭集団の核となるのが井上大仁と考えられる。 
ジャカルタ・アジア大会で日本勢として32年ぶりの優勝を果たした井上大仁=2019年8月25日、インドネシア・ジャカルタのブンカルノ競技場(松永渉平撮影)
ジャカルタ・アジア大会で日本勢として32年ぶりの優勝を果たした井上大仁=2019年8月25日、インドネシア・ジャカルタのブンカルノ競技場(松永渉平撮影)
 自己ベストの2時間6分54秒は参加する大迫傑(2時間5分50秒)、設楽悠太(2時間6分11秒)には及ばないが、1年前のアジア競技大会で金メダルを獲得するなど安定性が夏の耐久レース向きだ。大迫、設楽、昨年暮れの福岡国際で優勝した服部勇馬(2時間7分27秒)などの有力選手は、井上をマークして展開するというのは妥当な予想だ。だが、そうなるだろうか。