2019年09月19日 12:58 公開

ラグビーのワールドカップ(W杯)2019日本大会が20日、いよいよ幕を開ける。日本がロシアを迎え撃つ開幕戦で笛を吹くのは、世界で最も著名なウェールズ人のレフェリーだ。

48歳のナイジェル・オウエンス。イングランドで開催されたW杯2015年大会の決勝を任された世界のトップレフェリーだ。W杯は2007年大会から4大会連続でレフェリーを務める。

担当したテストマッチ(国代表同士の試合)の数の世界記録保持者で、8月24 日のイングランド対アイルランド戦が91試合目。今大会の開幕戦でその数は92となる。

イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、フランス、イタリアによる国代表の対抗戦「シックスネイションズ」でも最多タイになる20試合の笛を吹いている。

ボールボーイに

レフェリーとしての高い技術や輝かしい実績だけでなく、選手とのコミュニケーション能力が高いオウエンスがそこここでみせるユーモアも、彼を世界で最も人気者のレフェリーたらしめている理由の一つだ。

W杯2015年大会では、サッカーのプレミアリーグ、ニューカッスルの本拠セントジェイムズパークで行われた南アフリカ対スコットランド戦で、相手の反則に見せかけようと大げさに転んだスコットランドのFBスチュアート・ホッグに対し、「そういうダイブをするなら、(サッカーが行われる)2週間後に来てやるように」と諭して話題を集めた。

2年前には、アイルランド、スコットランド、イタリア、南アフリカのクラブチームが戦うPR14の試合で、ボールボーイがフィールド内に投げ込んだボールが彼の背中に当たると、すかさずボールボーイにイエローカードを出して場内から喝采を浴びた

同性愛者と公表

オウエンスはラグビーのレフェリーであるとともに、LGBT(性的少数者)の権利に関する活動家という顔も持つ。彼自身が同性愛者であることを、2007年に司会を務めるテレビ番組の中で公表している。

BBCの英語記事の中では、10代後半から20代前半に自分が同性愛者であることを自覚したと話している。そのことに悩んで薬物を大量に摂取して自殺を図り、警察のヘリコプターで病院に運ばれてからくも一命を取り留めた過去や、公表後にウェールズ協会や選手、ファンがいかに応援してくれたかについても語っている。

ウェールズのラグビー界では、代表キャプテンを務め、キャップ(テストマッチの出場記録)数が100を数える名選手だったギャレス・トーマスが、オウエンスに続くように現役時代の2009年に同性愛を公表した。

選手とレフェリーというそれぞれの立場のトップによる公表は、ラグビー界のみならず社会の中で自らのセクシュアリティーについて悩む若者たちを大きく勇気づける行為だった。

コラムやツイッターで発信

オウエンスは現在、新聞のコラムや自身のツイッターアカウントで、レフェリングやLGBTの問題などについて積極的に意見を表明している。

今年4月、オーストラリア代表ワラビーズのスター選手だったイズラエル・フォラウがツイッターに「同性愛者には地獄が待っている」と投稿した際には、ウェールズの地元紙に連載しているコラムで人それぞれの生き方を否定するフォラウの考え方を冷静な筆致で批判した(フォラウはオーストラリアのラグビー協会が契約を解除し、ワラビーズから除外された)。

W杯開幕5日前の9月15日にトーマスがエイズウイルス(HIV)感染を公表すると、HIVに関する知識を広め、偏見をなくすために公表したトーマスの勇気をたたえ、友人として支えていくと早速ツイートしている。

審判にとっても勝負

20日のオウエンスの笛とともに、優勝杯であるウェブ・エリス・カップの獲得に向けた世界20チームの熾烈(しれつ)な戦いが始まるが、W杯はオウエンスらレフェリーにとっても戦いの場だ。

現在割り当てが決まっているのは、プールステージの40試合まで。決勝トーナメントを吹けるかは、プールステージでのパフォーマンスによって決まるからだ。

4年前の決勝をオウエンスが担当できたのは、もちろん彼自身のパフォーマンスによるものだが、残念なことに彼の母国であるウェールズが決勝に進めなかったことが大前提にあった。レフェリーは自国代表の試合の笛は吹けないからだ。

ウェールズは8月に一時、世界ランキングで初の1位(現在は5位)となるなど、優勝候補の一角として今大会に臨む。ウェールズが決勝に進めば、ウェールズ人としては嬉しいことだろうが、オウエンスは決勝のレフェリーを務めることができなくなる。

特例生む存在感

しかし、オウエンスにはW杯終了後に例外的な名誉が待ち構えている。11月30日に行われるウェールズ代表とバーバリアンズの試合のレフェリーを担当することになっているのだ。

バーバリアンズクラブはラグビー界特有の存在で、通常のクラブのように日常の活動は行わず、所属選手もいない。試合の度に世界各国から選手を招集して編成される。各国の代表クラスの選手が集まるが、代表歴のない選手も加えるのが伝統となっている。2009年にはニュージーランド代表オールブラックスに勝ったこともある。

バーバリアンズ戦は、キャップの対象にした協会があるなど、テストマッチに準ずる格の高い試合だ。

今回はウェールズのラグビー協会がオウエンスの割り当てを特別に希望し、ラグビーの国際統括団体ワールドラグビーも特例を認めた。そのことが、オウエンスの存在感の大きさを物語っている。

W杯2019年大会のプールステージで、オウエンスは開幕戦をはじめ4試合を担当する。レフェリー初の「センチュリオン」(100試合担当)に向けて、今大会でどこまで数字を伸ばせるだろうか。

21番目のチーム

W杯2019年大会を担当するレフェリーやアシスタントレフェリーら21人は、出場20チームに続く大会の「21番目のチーム」と呼ばれ、大会前の合宿などを経てこの大会に臨んでいる仲間同士でもある。

彼らの笛で、11月2日の決勝まで、ラグビーW杯の歴史に残る名勝負がいくつも生まれることだろう。

※アジア初開催となるラグビーW杯。BBC NEWS JAPANでは日本戦や注目試合の結果をお伝えするとともに、ラグビーを長年取材してきた美土路昭一氏のコラム<美土路の見どころ>を不定期に掲載します。


美土路昭一(みどろ・しょういち) 朝日新聞記者(ラグビー担当)としてラグビーW杯1995南アフリカ大会を取材。元日本ラグビーフットボール協会広報・プロモーション部長。早稲田大ラグビー部時代のポジションはSH。1961年生まれ。