土屋信行(リバーフロント研究所技術参与)

 9月に発生した台風15号は三浦半島から東京湾を抜けて北東に進み、9日午前5時前に千葉市付近に上陸しました。台風が「非常に強い」勢力を保ったまま関東地方まで接近するのは非常に珍しく、千葉市付近に上陸するときは中心気圧960ヘクトパスカル、最大風速40メートルと「強い」勢力でした。

 強風が東京電力の送電施設に多大な被害を与え、最大約93万戸の停電が発生しました。その影響は1週間が経過しても、完全に電力が回復しなかったほどです。

 その1年前、平成30(2018)年9月に近畿地方を襲った台風21号も記憶に新しいことでしょう。最大瞬間風速が関西国際空港で58・1メートル、和歌山市で57・4メートルなど、全国927カ所に設置された風の観測地点のうち11%にあたる99カ所で観測史上最高の風速を記録しました。

 このとき発生した高潮により、関空のある人工島が浸水し、強風に煽られて漂流したタンカーが対岸との連絡橋に衝突して通行不能となり、島に取り残された約8千人が空港で一晩を明かしました。また、神戸市の六甲アイランドや、兵庫県西宮市の甲子園浜や西宮浜、和歌山市の雑賀岬などでも高潮による被害を受けました。

 この二つの台風が、今後巨大台風が東京を襲った場合の被害に大きな示唆を与えてくれています。一つは、東京も大阪と同様に、東京湾という湾岸部に位置しており、台風上陸の際に発生する高潮が大きな被害を及ぼすことが懸念されることです。

 もう一つについては、東京を直撃した記録的な台風の歴史を振り返ってみましょう。近代以降では、東京だけで150万人が被災した明治43(1910)年の洪水や、「大正6年の大海嘯(つなみ)」と言われた高潮台風(死者・行方不明者1301人)、昭和13年の高潮台風(死者・行方不明者245人)、昭和22年のカスリーン台風(死者・行方不明者1930人)、そして昭和24年のキティ台風(死者・行方不明者160人)などが挙げられます。キティ台風から約70年間、大きな直撃台風がなかったために、関東地方に住む人々の多くにとって「台風被害」自体が未体験であり、被害予測も対応策の準備もできていなかったのです。

 それでは、巨大台風上陸に伴う高潮が東京を襲ったら、どのような被害が発生するのでしょうか。平成30年(2018)3月、東京都は想定しうる最大規模の高潮による氾濫が発生した場合、浸水が予想される区域を示した「高潮浸水想定区域図」を発表しました。

 想定台風は過去最大規模の、約3千人の死者を出した昭和9(1934)年の室戸台風級で、中心気圧は910ヘクトパスカルとされています。また、東京に最大の高潮を発生させるような進路と、伊勢湾台風並みの時速73キロの進行スピードを設定しました。高潮を発生させる台風は、必ず大きな降雨を伴うことを前提にせざるをえず、高潮と同時に河川でも洪水が発生し、最悪の場合堤防が決壊することを見込んでいます。

 浸水が想定されるのは東京湾に面する区だけではなく、23区中17区にも及びます。浸水が想定される区域の面積は約212平方キロメートル、この区域内の昼間人口は約395万人、夜間人口は約325万人に及びます。
大正6年9月30日、現在の東京都足立区千住付近で撮影された高潮被害。記録的台風が東京湾を直撃し、広範囲が浸水した(荒川下流河川事務所提供)
大正6年9月30日、現在の東京都足立区千住付近で撮影された高潮被害。記録的台風が東京湾を直撃し、広範囲が浸水した(荒川下流河川事務所提供)
 また、想定される浸水の深さは江東区で最大約10メートルに達し、この浸水によりあふれた水を排出するのに必要となる時間は1週間以上かかるものと予測しています。しかも、水を吐き出すために建設されてきたポンプ場も水没してしまい、停電により止まってしまうことも危惧されます。

 この地域はいわゆる「海抜ゼロメートル地帯」で、地盤そのもの高さが東京湾の海水面よりも低く、洗面器の縁(へり)のような「カミソリ護岸」と言われる薄い堤防に囲まれています。つまり、大都市・東京は洗面器の底に形成されているようなものです。