さらに、高潮は東京都内にとどまらず、埼玉県南部まで遡上(そじょう)します。そして、三郷市、八潮市、吉川市、草加市、越谷市、松伏町、川口市、戸田市、蕨市にまで及ぶ広範囲の地域を水没させるのです。

 この被害額を、土木学会は「東京湾巨大高潮」被害シミュレーションで、115兆円(14カ月累計経済被害46兆円、資産被害64兆円、財政的被害5兆円)と推計しました。まさに「国難」というべき大災害です。日本の政治、経済、文化の集積した地域をことごとく巨大高潮が覆いつくしてしまうのです。

 そのため浸水区域に想定された17区は今後、高潮ハザードマップを作ることになっています。浸水面積は、墨田区のほぼ全域にあたる99%(13・61平方キロ)や、葛飾区の98%(34・15平方キロ)をはじめ、江戸川区で91%(45・46平方キロ)、江東区では68%(27・42平方キロ)にも及んでいます。

 日本有数の本社機能が集中する丸の内地区のある千代田区や、中央区、港区でも約50センチ浸水すると想定されています。都心部においても、銀座東部で1~3メートル以上まで浸水、JR品川駅や新橋駅でも浸水が1メートルを超えます。東部低地帯の真ん中を流れる荒川の両岸では、2階建ての建物はもちろん、3階の床までが水没してしまう7メートル程度の浸水の深さを予測しています。

 その東部低地帯に位置する墨田、江東、足立、葛飾、江戸川の「江東5区」は、隅田川や荒川といった大きな川に面し、海面より低いゼロメートル地帯が大半です。洪水においても、過去の台風被害などを基にした被害想定では、3日間の総雨量が荒川周辺で632ミリ、江戸川周辺で491ミリという未曽有の集中豪雨を想定しています。

 その結果、5区の総人口、約260万人の9割以上が住む地域が50センチ以上浸水するという予測が出ました。足立区の北千住駅周辺をはじめ、人口の1割が居住するエリアは、2階が浸水する可能性があります。最大では10メートルまで浸水し、2週間以上も水の引かない地域もあると想定されています。

 平成30(2018)年8月、江東5区が大規模水害に際して、地域住民全員を区外へ避難させる広域避難計画を発表しました。大部分が満潮位以下のゼロメートル地帯のため、水害に対して極めて脆弱(ぜいじゃく)なのです。

 事実、これまでも度重なる大きな水害に見舞われてきました。しかし、地球温暖化の進行、これに伴う気候変動の影響により、台風の巨大化や豪雨災害の激甚化など、高潮や洪水による大規模水害の発生が避けられない事態になっています。
国土交通省が作成した荒川(中央の太い川)が氾濫した場合に浸水するとされる場所を示した地図。標高が低い流域が色づけされている
国土交通省が作成した荒川(中央の太い川)が氾濫した場合に浸水するとされる場所を示した地図。標高が低い流域が色づけされている
 その広域避難計画では、次のような発令基準が定められています。

(1)72時間前から高潮が起きる可能性の検討を始め、その情報を住民に知らせる。
(2)48時間前には「自主的広域避難情報(広域避難の呼びかけ)」を発信する。
(3)24時間前には「広域避難勧告」を5区で一斉に発令する。
(4)9時間前になったら、広域避難を切り替えて、短距離避難を目指す「域内垂直避難指示(緊急)」を発令する。


 (4)の時点になれば、これまでとは反対にもう遠くまで逃げることを考えず、可能な限り近所の高い建物に避難する指示を出すのです。