結果的にはこのような鄧小平路線と戦略は大いなる成功を収めた。1980年代からの数十年間、アメリカや日本、そしてEU諸国を含めた西側先進国は皆、「中国はそのまま開放を拡大して成長が続けば、いずれか西側の価値観と民主主義制度を受け入れて穏やかな国になるだろう」との期待感を膨らませて、さまざまなかたちで中国の近代化と経済成長を支援した。

 西側先進国の企業も「巨大な中国市場」に魅了されてわれが先にと中国進出を果たして資金と技術の両方を中国に持ち込んだ。その結果、中国は数十年間にわたって高度成長を続け、今や経済規模において経済大国の日本を抜いて世界第二の経済大国となった。そしてそれに伴って、中国という国の全体的国力は、毛沢東時代のそれとは比べにならないほど強大化した。

 しかし中国は果たして、西側の期待する通りに普遍的な価値観を受け入れて穏やかな民主主義国家となっていくのだろうか。答えはもちろん「NO」である。

 鄧小平は国力増大のために経済システムの改革と諸外国に対する開放政策を進めたが、それはあくまでも共産党一党独裁体制を強化するための手段であって戦略であり、西側の価値観を受け入れて中国を民主主義国家にしていくつもりは毛頭ない。1989年6月、それこそ西側の普遍的価値観に共鳴して中国の民主化を求める学生運動に対し、鄧小平政権が断固として血の鎮圧を敢行したのはまさにそのことの証拠だ。共産党政権の異常なる本質はこれでよく分かったはずである。 

 だが、残念ながら天安門の血の鎮圧の後でも、アメリカや日本などの先進国は依然として中国への幻想を捨てきれず中国への支援を続けた。特に2001年に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した後には、アメリカなどの先進国は技術と資金だけでなく、国内市場をも中国に提供することとなって中国の産業育成・雇用確保・外貨の獲得に大きく貢献した。

 このため中国の経済規模の拡大は勢いを増したが、それに伴って中国の全体的国力と軍事力が飛躍的に上昇して、中国は西洋諸国をしのぐ世界第二の経済大国になっただけでなく、世界有数の軍事大国になって世界全体に大いなる脅威になっているのである。

 この流れの中で、2012年に今の習近平政権が成立してから、中国は鄧小平時代の築き上げた強大な経済力と軍事力をバックにして再び世界制覇・アジア支配の覇権主義的野望をむき出しにして、そのための本格的戦略を推し進め始めた。

 習近平主席は就任したときから、いわば「民族の偉大なる復興」を政権の基本的政策理念として全面的に持ち出した。その意味するところはすなわち、中華民族が近代になってから失った世界ナンバーワンの大国地位を取り戻して、かつての「華夷秩序」の再建を果たしてアジアを再びその支配下に置くことである。
中国建国70年の記念式典で、人民解放軍を閲兵する習近平国家主席=2019年10月1日、北京(新華社=共同)
中国建国70年の記念式典で、人民解放軍を閲兵する習近平国家主席=2019年10月1日、北京(新華社=共同)
 そのためには習主席と彼の政権は、鄧小平以来の「韜光養晦」戦略と決別し「平和的台頭」の仮面をかなぐり捨て、赤裸々な覇権主義戦略の推進を始めた。

 巨額な外貨準備高を武器にアジア諸国やアフリカ諸国を借金漬けにして「一帯一路」による「中華経済圏」、すなわち経済版の「華夷秩序」の構築をたくらむ一方、南シナ海の軍事支配戦略の推進によってアジアと環太平洋諸国にとっての生命線である南シナ海のシーレーンを抑え、中国を頂点とした支配的な政治秩序の樹立を狙っているのである。