実際には、研究の途中で断念してしまい中退するか、3年以上の在籍を余儀なくされるか、いずれかを選ぶことになる。

 研究はそれだけ不確定要素が大きく、時間軸で区切れるものではない、と言われればその通りだ。しかし、このキャリアの不明瞭さが博士課程進学を抑制していることは否定できない。

 そして、キャリアの不明瞭さに直結するのが、やはり就職難であろう。劣等感でも指摘した通り、20代後半から30代前半に修了する博士課程の学生は、民間企業であれば主任・係長から課長に昇進している世代だ。役職がなかったとしても、5年から10年近いキャリアを積み、後輩社員を指導する立場になっている。

 だが、博士課程修了者は年齢が高くても、キャリア面では指導される後輩社員と変わらない。専門分野に対する知見が深くても、社会人経験の無さが企業から彼らを遠ざけることになる。こちらも10年前だが、行き場を失ったポスドク(博士研究員)に関して、記事でこう指摘されている。

 「国の施策は10年先を見据えてやったとは思えない」。こう厳しく批判したのは、バイオサイエンス研究の権威、新名惇彦(しんみょうあつひこ)・奈良先端科学技術大学院大学名誉教授。
 新名さんは昨年、「ポスドクとバイオ系企業との連携」と題した事例研究を行い、バイオポスドクの現状を分析したが、そこからは、行き場を失ったバイオポスドクの悲哀がかいま見える。
(中略)
 新名さんは「技術力の高い中小企業やベンチャーには人材のニーズがあるのだが、ポスドクは(採用枠の狭い)上場企業研究職を希望したがる」とし、マッチングの差異を指摘する。
 また、新名さんとともに調査にかかわったシンクタンク「ダン計画研究所」常務取締役の宮尾展子さんは、「(ポスドクは)インターンシップなどを使って積極的に企業へアプローチすることも必要なはずだが、現状では参加するポスドクは数%」と語った。そこからはポスドクの研究者としてのプライド意識が、問題の悪循環を招いている実態もうかがいしれる。
 実際、「企業のポスドクに対するイメージが、あまりにも悪いことに驚いた」と宮尾さん。調査では複数のベンチャー企業にアンケートを実施したが、「(ポスドクは)協調性がなさそう」「使いづらい」などというマイナスイメージが多数を占めたという。


 この状況も、10年経過して変わったかと言えば、それほどではない。しかも、2013年ごろから、学部卒の就職では売り手市場が続く。学部卒であれば、企業を強気で選べる立場になるのである。

 大学院でも修士課程であれば、何とかその恩恵に与れる。しかし、博士課程はそうもいかない。この状況を学生が目の当たりにして、わざわざ博士課程に進学したいとはならないのが自然ではないだろうか。

 ノーベル賞を日本人が受賞するたびに、日本の研究力の低下が話題となる。受賞者によっては、首相や文科相と面会する際に苦言を呈する方もいる。その苦言は全くその通りだ。
2018年10月、柴山文科相(左)を訪問し、記念撮影に応じるノーベル医学生理学賞に決まった京都大学の本庶佑特別教授
2018年10月、柴山文科相(左)を訪問し、記念撮影に応じるノーベル医学生理学賞に決まった京都大学の本庶佑特別教授
 ただ、単に博士課程進学者を増やすだけではなく、在学中の負担感・劣等感を取り除く工夫や、修了後の就職環境を整備するといった必要がある。これらを国が大学や企業と一体となって進めない限り、博士課程の進学者は今後も緩やかに減少していくだろう。それが日本の研究力を落としていくことは言うまでもない。