掛谷英紀(筑波大学准教授)

 現在、大学では運営費交付金の削減、研究論文の本数や引用数の低下、博士課程の定員割れ、博士号取得者の雇用難などが問題になっている。今後、こうした問題が日本の研究力の低下をもたらし、将来的にノーベル賞受賞者を輩出できない国になるのではないかといった議論が盛んに行われている。

 これらの問題は、主に理学系、生命系の研究者の関心事である。著者自身は情報系、工学系を専門にしているので、事情は若干異なる。工学分野は企業からの資金援助が受けやすく、また博士号取得者でも企業に就職しやすい。しかし、工学系は工学系で別の問題を抱えていることはあまり知られていない。

 そこで、本稿では、最初に現在懸念されている研究力低下の問題に対してデータに基づく分析を行い、次に普段あまり語られていない工学系の研究現場で起きている問題を紹介することにする。

 ノーベル賞受賞者数を研究力のバロメーターにするならば、まずは過去の受賞者のデータを見るところから始める必要があるだろう。

 本年度、ノーベル化学賞を受賞した旭化成名誉フェローの吉野彰氏(71)までの自然科学分野での日本人(後に外国に帰化した人を含む)ノーベル賞受賞者と、その生年(西暦下2桁)を並べると以下のようになる。

06朝永振一郎、07湯川秀樹、18福井謙一、21南部陽一郎、25江崎玲於奈、26小柴昌俊、28下村脩、29赤崎勇、30鈴木章、35根岸英一、35大村智、36白川英樹、38野依良治、39利根川進、40益川敏英、42本庶佑、44小林誠、45大隅良典、48吉野彰 54中村修二、59田中耕一、59梶田隆章、60天野浩、62山中伸弥 ※敬称略

 注目すべきは、1907~18年生まれと1948~54年生まれの間にある空白である。前者については、研究に最も打ち込める30代に戦争を経験した世代であり、大きな研究成果を得るのは不可能に近かっただろう。一方後者は、その前後の吉野彰氏、中村修二氏、田中耕一氏の3人が博士課程に進んでおらず、いずれも企業における研究成果による受賞であることを考えると、大学の研究という意味では1945~59年の生まれの間の空白と見ることもできる。

 この原因の一つとみられるのが、1947~49年生まれの団塊の世代が当事者であった70年安保闘争である。左翼学生運動が大学の研究教育活動を妨害し、施設を破壊したことの後遺症が、この知の空白を生んだと考えられる。2013年の平和安全法制制定時も、主に文系の大学教員とごく一部の学生に、大学を拠点に反対運動を盛り上げようとする動きがあったが、そういう政治的動きが大学で過激化、暴徒化することが、研究力の維持に対する最大の脅威の一つであることが分かる。
電池の模型を手に笑顔の旭化成の吉野彰名誉フェロー=2019年10月10日、東京都千代田区(古厩正樹撮影)
電池の模型を手に笑顔の旭化成の吉野彰名誉フェロー=2019年10月10日、東京都千代田区(古厩正樹撮影)
 また、当然ながら、これまでのノーベル賞受賞者は、全て1990年代の大学院重点化より前に学生時代を過ごしている。博士課程の定員割れ、博士号取得者の雇用難といった問題は、大学院重点化で大学院の定員を増やしたゆえに起きている現象である。大学院進学者が少なかった時代に多くのノーベル賞受賞者を生んでいること、さらに博士課程に進学していないノーベル賞受賞者も多数輩出されていることを考えると、博士号取得者が計画通り増えないからといって、今後ノーベル賞級の研究ができなくなるという結論にはならない。