2019年10月11日 14:06 公開

美土路昭一(みどろ・しょういち)

ラグビーのトップ選手にはフィジー、トンガ、サモアなどの太平洋諸国出身者が多い。にもかかわらず、それらの国々は代表チームの弱体化に直面している。

2007年W杯の再現はならなかった。9日に大分で行われた1次リーグD組で、フィジーは世界ランク2位のウェールズから2度リードを奪う大健闘をみせながら、17-29で敗れた。

フィジーは12年前の対戦ではウェールズを破って決勝トーナメントに進んだが、今大会は1次リーグで姿を消すことになった。

6日に熊本で行われた1次リーグC組でも、トンガがフランスに2点差で敗れた。トンガにとってフランスは、2011年W杯の1次リーグで番狂わせを起こして勝利した相手だ。この時のフランスは、ボーナス点のおかげで決勝トーナメントに進むと決勝まで勝ち上がって、優勝した開催国のニュージーランドに1点差の接戦を演じる力のあるチームだった。

トンガがフランスに敗れた試合の後、英サンデータイムス紙のスティーヴン・ジョウンズ記者は「より多くの活動資金があり、(選びたい)選手を全員起用でき、伝統国と定期的に試合できていたなら、トンガの一方的な勝利になっていたかも知れない」とツイートした。

30年以上ラグビーを取材しているベテラン記者の指摘は、トンガやフィジーにサモアを加えた太平洋諸国の現状を端的に表している。

番狂わせの主役

世界のラグビー界には、試合結果で変動する世界ランキングとは別に、「ティア」(tier)と呼ばれる固定された序列が存在する。

現在はシックス・ネイションズとラグビーチャンピオンシップという北半球と南半球の2大会に参加する計10チームが、世界トップクラスの「ティア1」とされる。日本や太平洋諸国などは第2グループの「ティア2」だ。

シックス・ネイションズはラグビー発祥の地、イングランドなどヨーロッパの伝統国を中心に争われ、ラグビーチャンピオンシップはいずれもW杯で複数の優勝経験があるニュージーランド、オーストラリア、南アフリカにアルゼンチンを加えた4国による戦いだ。

ティア2の国がW杯でティア1のチームを倒す「番狂わせ」はかつて、太平洋諸国の独壇場だった。サモアも1991年大会(当時は西サモア)と1999年大会でともにホストのウェールズを破っている。

現在のティア1の10チーム以外で決勝トーナメントに進んだことがあるのも、ほぼ太平洋諸国しかない。1987年大会と2007年大会のフィジー、1991年大会と1995年大会のサモアだ(1991年大会のカナダだけが例外)。

しかし、太平洋諸国による番狂わせは2011年大会のトンガを最後に途絶えた。この大会では、トンガとサモアが1次リーグ2勝2敗で次大会の出場権を獲得できる各組3位に入ったが(フィジーは1勝3敗)、2015年大会では3国とも1勝3敗の各組4位。今大会ではフィジーがウルグアイ戦で金星を提供する側に回っている。


理想のラグビー選手

筋骨隆々の身体とスピードを持ち、攻撃ではタックルを跳ね飛ばして快走し、逆に防御に回れば相手を一発で仰向けに倒す――。太平洋諸国の出身者は理想的なラグビー選手だ。

国籍を必須の代表資格としないラグビーでは、多くの国の代表に太平洋諸国の出身者がいる。例えば、オーストラリア代表ワラビーズの今大会登録選手31人にはサモアの血筋を持つ選手が7人選ばれており、フィジーやトンガを加えた太平洋3国の代表になり得た選手は10人を超える。

サモアオブザーバー紙の記事は、2016年の国勢調査をもとに、オーストラリアの全人口に占めるサモア系は0・3%に過ぎないとし、サモア系選手の多さを指摘している。

北半球でも、イングランドのビリーとマコのブニポラ兄弟は両親がトンガ人で、193センチの長身WTBジョウ・ゾカナシンガはフィジー生まれだ。さらに、CTBマヌ・トゥイランギはサモア生まれで、他の兄弟3人はサモア代表として過去のW杯に出場した。

今大会、フランスがトンガの猛追から逃げ切った試合では、フィジー生まれのフランスWTBアリヴェレティ・ラカが、同じくフィジー出身のCTBヴィリミ・ヴァカタワのトライをお膳立て。これをフランス代表チームの長年の特徴である「フレンチ・フレア(閃き)」と評したテレビ中継があったが、ヨーロッパなどでプレーする太平洋諸国出身選手の選手会会長で元サモア代表のダニエル・レオは、それを皮肉るツイートをした。

母国代表をためらう事情

太平洋諸国を苦しめているのは、他国代表への流出だけではない。ヨーロッパなど国外で活躍する選手の多くを起用できない事情がある。

英デイリーメール紙によると、トンガは今大会に最大20人を選出できなかった。トウタイ・ケフ監督は初戦のイングランド戦を前に「15から20人の選手が辞退した。十分に選手に報酬を払えない。W杯でトンガ選手に支払われるのは週600ドル(約6万5000円)。これがティア2の国が抱えている最大の問題の一つだ」と語っている。

この記事によると、イングランドの各選手には1試合につき2万5000ポンド(約340万円)が支払われるという。

国の経済規模が小さいため、選手は高給が貰えるヨーロッパなどのプロリーグに出稼ぎにいく。太平洋諸国はラグビー協会の財政基盤も脆弱で、出場給だけでなく代表強化自体に十分な投資ができない。

フランスのトップ14のようにW杯期間中も行われるリーグがあるため、有力選手は所属クラブで出場機会を失うことを恐れて、母国の代表活動に戻ってこない。ケフ監督が挙げた問題は太平洋諸国共通だ。


地元でプレーは3人だけ

サモアラグビー界が直面する課題をリポートしたニュージーランドのテレビ局の番組によると、イングランド協会の2億ニュージーランドドル(約135億円)に対して、サモア協会の予算規模は200万ニュージーランドドル(約1億3500万円)。映像に映る国際大会のグラウンドは劣悪で、代表キャプテンのジャック・ラムは、ヨーロッパなどから代表活動に参加する航空運賃は選手自身が負担していると語っている。

8月中旬の番組取材時点で、33人のサモア代表スコッド(候補選手)の中、英国拠点が13人、フランスは10人、ニュージーランドとオーストラリアがそれぞれ3人で日本が1人。地元でプレーしているのは3人だけだった。イングランドのブリストルに所属するラムも、代表とクラブのどちらを選ぶか葛藤があったと打ち明けている。

2016年リオデジャネイロオリンピックの7人制ラグビーで、監督としてフィジーに初のオリンピックの金メダルをもたらしたベン・ライアンは、9月13日付の英ガーディアン紙のコラムで、全世界のプロラグビー選手の約20%を太平洋3国出身者が占めると推計。一方、2003年大会以降続いてきたティア1とティア2の間の差の縮小は、今大会では止まるとの見方を示している。

ライアンは、選手に求められるレベルが高く大きな負荷がかかる試合を経験できるように、ティア1とティア2の対戦を増やすよう提言。さらに、通常は全額がホスト側の収入となる試合収益の一部を、遠征してきたティア2の国に還元するなど、ティア1側の変化が必要と指摘している。

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「互いを愛し、ともに取り組む」

ニュージーランド代表オールブラックスがW杯のウォーミングマッチでトンガを92-7と粉砕した2日後の先月10日、ニュージーランド協会の新CEOに就任したマーク・ロビンソンは就任記者会見で、太平洋諸国の支援を重要課題に挙げた

ロビンソンは2日前の結果を太平洋諸国の現状を表す危険信号だとし、「太平洋諸国にとって能力の高い選手の確保と高いレベルの大会への参加が重要となる。どちらも私たちが協力できることであり、協議を続けていきたい」と話した。

同協会CEOとして初のオールブラックス経験者である一方、神戸製鋼など国外でもプレーし、ケンブリッジ大学にも学んだロビンソンの手腕に期待がかかる。

また、ワラビーズのデイヴィッド・ポウコックは、オーストラリア協会公式サイトの7日付の記事で「別の国の代表に選ばれても、一定期間空いた選手は(母国の)ティア2の代表になることができても良いのではないか。ワールドラグビーと選手会で話し合う価値がある」と話している。

フィジーが1勝のみでW杯を終えた後、ともに3連敗のサモアとトンガは、それぞれ12日にアイルランド、13日にアメリカと対戦する。もし、W杯を全敗で終えることになれば、サモアにとっては出場8大会目で初めて、トンガは2003年大会以来だ。

ライアンはコラムの最後でリオに向けて率いたフィジーの7人制代表のモットー「Vei Lomani」を紹介し、15人制でもこの精神が必要だと締めくくっている。言葉の意味は「お互いを愛し、ともに取り組もう」だ。

※アジア初開催ラグビーW杯。BBC NEWS JAPANでは日本戦や注目試合の結果をお伝えするとともに、ラグビーを長年取材してきた美土路昭一氏のコラム<美土路の見どころ>を不定期に掲載しています。


美土路昭一(みどろ・しょういち) 朝日新聞記者(ラグビー担当)としてラグビーW杯1995南アフリカ大会を取材。元日本ラグビーフットボール協会広報・プロモーション部長。早稲田大ラグビー部時代のポジションはSH。1961年生まれ。