2019年10月14日 12:08 公開

ラ・キーティング

思いがけない話、理解の深まる話、感動的な話――。BBC「ジャパン2020」では、2020年の東京オリンピック(五輪)およびパラリンピックを前に、日本各地のさまざまな話題をお届けします。

逢沢房子さんは、人生の大半を働いて暮らしてきた。娘が幼稚園に通っていた頃に夫を亡くした房子さんは、シングルマザーとして、家族を支えることを最優先に考えてきた。

そんな房子さんが趣味の時間を持てるようになったのは60歳を迎えてからだった。房子さんは、日本の伝統的な手まりを作るワークショップに通い始め、すぐにその魅力の虜になった。

手まりは中国発祥で、7世紀頃に日本に渡来した。当初は、着物の端切れを他の布で包み込んで作る、子どもの遊び道具だった。

江戸時代に入り、手まりは工芸品としての色合いを強めていく。機能優先だった縫い目はやがて、装飾的な刺繍に変わっていった。高価な絹糸が使われたため、身分の高い人の娯楽になったのだ。

やがて木綿の登場で、手まり作りは広く民間にも普及した。母親や祖母から娘、孫娘に手まりをプレゼントすることが、新年のお祝いの一環となった。

手まりの刺繍はどんどん複雑で繊細なものになり、手まりは友情や忠誠を表す贈り物になった。子どものために手まりを作る母親は、願いを書いた紙を手まりの中に忍ばせた。その願いは秘密のままだが、だからこそ最も大きな家族愛の証だ。

房子さんは手まり作りにのめりこみ、講師の資格も取った。何百個もの手まりを作る中で、鮮やかな色と細かな幾何学模様のデザインはどんどん洗練されていった。1つの手まりを作るためには、どれだけ複雑かによって2週間から3カ月の時間がかかった。

房子さんが88歳を迎えた年、房子さんの家族は手まりの展覧会を開いた。88歳は、「八十八」と漢字で書いて組み合わせると「米」という漢字になることから米寿と呼ばれ、日本人にとって特別な年齢だ。コメは日本の生活と社会の基礎を形作っているだけでなく、清純さや善性を示しているとも言われている。

また、房子さんの孫娘でグラフィック・アーティストのナナアクヤさんは、500個近い房子さんの作品を1個ずつ写真に撮り、贈り物にすることにした。

自身もクラフト作りをするナナアクヤさんは、手まりを作る技術に大きな尊敬を持っているという。

「祖母の手まりは創作手まりと呼ばれるもので、伝統的なデザインではない。伝統的な模様と新しいデザインの融合だ」と、ナナアクヤさんは説明する。

ナナアクヤさんは2009年、房子さんの手まりの写真を画像共有サイトFlickrに掲載した。数年間はクラフト作りのコミュニティーの間で広まっていたが、2013年に突然、手まりの写真がインターネットで話題になった。

「私が手まりの写真を掲載するまで、この量の写真はなかった」とナナアクヤさんは言うが、今でもどうして写真が話題になったのか分からず困っているという。

その後ナナアクヤさんの元には、手まりを買いたいと言う人、写真を広告に使いたいという人からの連絡が来るようになった。あるイギリスの出版社は、房子さんの手まりの写真を高校生向けの数学の教科書の表紙に採用した。

「祖母は針に糸を通すときに眼鏡を使わないのが自慢だった」とナナアクヤさんは話す。しかも、元教師の房子さんは、極めて幾何学的な形にまりを分割する際にも計算機を使わなかったという。

明晰な頭脳と器用な指をもった房子さんだったが、インターネットのことは分からず、いきなり自分の手まりに注目が集まったことに困惑していた。房子さんの手まりに世間が注目した時、房子さんは92歳になっていた。

この家族に流れているのは手芸の才能だけではなかったかもしれない。孫娘のナナアクヤさん自身も、自分の作品をインターネットに掲載し、成功した。

ナナアクヤさんは、プラスチックを熱して縮めて作るプラ板と呼ばれるクラフトでジュエリーを作っており、この方法で3次元的な作品を編み出した1人だ。ナナアクヤさんは現在、アジア各国でワークショップを開き、プラ板について11冊もの著作を持っている。

房子さんもナナアクヤさんも、自分たちの作品からそれぞれに受け取るものがあった。房子さんにとって、それは自由の感覚だった。ナナアクヤさんは、祖母がいつも地味な服を着て自分の住む社会に溶け込んでいるのに対し、祖母の手まりは生き生きとした色に満ちていると指摘した。

「祖母は手まりによって自由になっていたのだと思う」

ナナアクヤさんにとっては、年齢も、性別も、国境も越えたクラフトへの愛を知るきっかけになった。自分の作品が注目されることで、ナナアクヤさんは生活だけでなく、自分のアートも変わったと話した。

そんな中、房子さん自身はあまり変わることがなかった。房子さんは年齢によって力を徐々に失うまで、手まりを作り続けた。

今年2月、世界に名を馳せた手まり作りのおばあちゃん、房子さんは亡くなった。97歳だった。

現在、房子さんの手まりは、娘の家の一室に飾られている。ナナアクヤさんは今でも、祖母の手まりに魅せられた世界中の何百という人たちから電子メールを受け取るという。

何事も、学ぶに遅すぎるということはないのだ。

(英語記事 The grandmother whose stunning craftwork went viral