八木秀次(麗澤大教授)

 天皇陛下が5月1日の即位後朝見の儀で「歴代の天皇のなさりようを心にとどめ」と述べられたことには極めて重い意味がある。陛下のご覚悟がうかがえるのだ。

 「ここに、皇位を継承するに当たり、上皇陛下のこれまでの歩みに深く思いを致し、また、歴代の天皇のなさりようを心にとどめ、自己の研鑽(けんさん)に励むとともに、常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望します」との部分だ。極めてあっさりとした表現で、それゆえに多くの人はその意義に気付いていない。

 平成29(2017)年2月、57歳のお誕生日を前になさったご会見で天皇陛下(当時皇太子)は同じような表現をなさった。ご会見の内容は次のようなものだ。

 平成28年8月7日、陛下は、戦国時代の16世紀中ごろに後奈良天皇(第105代、在位:1526年6月9日〈大永6年4月29日〉~1557年9月27日〈弘治(こうじ)3年9月5日〉)が洪水や天候不順による飢饉(ききん)や疫病の流行に心を痛められ、苦しむ人々のために諸国の神社や寺に自ら写経した般若心経を奉納されたときの一巻を実際にご覧になった。

 陛下は、学習院大で中世・瀬戸内海の水運史を卒業論文のテーマとされ、留学先の英国オックスフォード大大学院で17~18世紀の英国テムズ川の水上交通史を研究された。関心はやがて世界の水問題へと発展し、水に関することを自らのライフワークとされるようになった。

 平成15(2003)年には第3回世界水フォーラムの名誉総裁を務められ、平成19(2007)年から平成27(2015)年までは、国連水と衛生に関する諮問委員会(UNSGAB)の名誉総裁も務められた。ご講演録『水運史から世界の水へ』(NHK出版)に詳しいが、水は少なすぎれば、干ばつや飢饉、水争い、戦争を引き起こす。

 水くみのために時間を取られ、十分な教育を受けられない子供たちも世界中には多く存在する。また、近年の台風や豪雨による大洪水や水害、また地震の際の津波のように、水は多すぎても人々を苦しめ、命を奪う。最近の豪雨は、地球温暖化による気候変動によるものでもあり、国を超えたテーマにもなっている。陛下はこうした水への関心から、洪水に苦しむ民に心を痛められた後奈良天皇の御事績に思いを馳(は)せられたのであろうと拝察する。
2015年11月、国連本部で開かれた「水と災害に関する特別会合」で、基調講演をされる皇太子さま(当時)=ニューヨーク(AP=共同)
2015年11月、国連本部で開かれた「水と災害に関する特別会合」で、基調講演をされる皇太子さま(当時)=ニューヨーク(AP=共同)
 陛下はこの57歳のお誕生日を前にしたご会見で、後奈良天皇が自ら写経された般若心経の奥書に「私は民の父母として、徳を行き渡らせることができず、心を痛めている」旨の思いが記されていたことを特に紹介された。

 その上で「般若心経を写経して奉納された例は、平安時代に疫病の大流行があった折の嵯峨天皇を始め、鎌倉時代の後嵯峨天皇、伏見天皇、南北朝時代の北朝の後光厳天皇、室町時代の後花園天皇、後土御門天皇、後柏原天皇、そして、今お話しした後奈良天皇などが挙げられます」と歴代の天皇の名前を挙げられた。