倉山満(憲政史家、皇室史学者)

 10月22日は新帝即位の日である。

 今の法律用語では、「即位礼」が正式名称らしいが、私は即位と呼ばせてもらっている。なお、5月1日は、新帝践祚(せんそ)の日である。

 今の法律用語では、「即位」が正式名称らしいが、私は践祚と呼ばせてもらっている。践祚を即位、即位を即位礼。皇室の伝統的用語は、敗戦により歪められた。だが、その程度では皇室は揺らがないと思っている。

 そもそも、践祚とは天子が位に就くこと、即位とは天子が位に就いたことを広く知らしめること。だが、桓武天皇の頃までは特に区別がなかった。

 皇室においては、先例が守られるべきである。しかし、あらゆることを先例主義で行う必要はないし、不合理だ。皇室の根幹に関わることだけ、新儀を行わせなければよいだけだ。根幹さえ守れば、皇室はビクともしない。

 2679年の歴史には風雪に耐えた時期も長かったし、今もそうだ。だが、それでも皇室の未来は明るいと考えている。つまりは、日本の未来は明るい。

 思えば、安倍内閣は多くの不敬をやらかしてくれた。

 元号の事前公表は、天皇陛下の改元大権の簒奪(さんだつ)である。確かに実質的には、元号ほど時の権力者の意向に左右された大権もない。だが、それでも一度も事前公表はされたことがなかった。形式的には天皇大権は守られてきたのだ。たとえば元首相の竹下登といえば、日本を中国に売り飛ばした大売国奴として名高いが、最低限の皇室に対する尊崇の念は有していた。

 昭和天皇の晩年は重病で、「Xデー」がいつかと1年以上も日本中が気をもんでいた。当然、次の元号は用意されていた。しかし、公表はされなかった。一方で、安倍内閣は竹下と違い、よく分からない理由で事前公表した。安倍内閣の擁護論者は、「あのときは、事前公表すれば重病の昭和天皇に失礼に当たるが、今回は上皇陛下が健在なので違う」と抗弁する。先例にない新儀を行う意味が、安倍内閣には分かっていないのだ。あなかま、あなかま。

 そうして決められた元号が「令和」である。和に令す。日本国に命令する。安倍晋三首相は、うれし気に記者会見で「自分が決めた」「政府の元号だ」と力説していた。ならば責任を負うがよい。

 「令」とは、皇太子に使う字である。天皇の場合は、特に「詔」「勅」「綸旨」などを使う。今回の譲位は、内閣法制局の反対を押し切って行われたが、意趣返しか。仮に「令和天皇」と贈り名されたとしよう。「命令された日本国の代表」「皇太子のような天皇」の意味である。
即位の日を迎え、多数の人たちが集まった皇居の二重橋前=2019年5月1日、東京都千代田区(桐原正道撮影)
即位の日を迎え、多数の人たちが集まった皇居の二重橋前=2019年5月1日、東京都千代田区(桐原正道撮影)
 法制局は走狗(そうく)である安倍晋三を使って「お前は未来永劫、皇太子のような天皇だったのだ」と烙印を捺(お)す気なのだろう。院政期、実権を失った天皇は「今の帝は東宮の如し」と嘆かれた。東宮とは皇太子のことである。