日本では1万数千年前に始まる縄文時代において、日本列島のほぼ全域にわたって同質の文化(縄文文化)が形成されていた。それに対して、大陸に漢民族の統一文化が形成されたのは紀元前後のことである。

 別の言い方をすれば、日本文化の統一性は、南太平洋諸島的な自然信仰を持つ母系制社会を軸に縄文時代になされた。それに対して大陸文化の統一性は、農耕文明下の儒教的な父系制社会成立以降になされた。

 そのため、日本列島では、大陸から儒教的な制度や習俗が入ってきても、民族の基本的な資質としての自然観や文化習俗が消し去られることがなかったのである。皇室の永続性についても同じことがいえるだろう。

 私が皇室の融通無碍(ゆうずうむげ)とも言うべき時代への柔軟な対応ぶりを、その持続の大きな要因ではないかと考えるようになったのは、小説家の林房雄氏が「戦後にもなお天皇制が残ったのはなぜか」に触れて書かれた次の文章を読んだことがきっかけだった。

……日本人は天皇制の変形を気にしない。少なくとも二千年の長い歴史の各時代に天皇制は様々に変化ししかも変わることなく存続したという事実を、日本人は知っている。マッカーサーは『回想録』の中で、『二千年の歴史と伝統と伝説の上に築かれた生活の倫理と慣習を、ほとんど一夜のうちにぶち砕いた』と自誇しているが、軍人ならでは口にできない単純言であり、大法螺である。


 林氏は、敗戦は明治維新以降の「武装せる天皇制」を終結させたが、天皇制そのものは存続した、そして「戦争が終れば、天皇は平和な祭司または族長にかえる。現代ではおそらく日本天皇制のみの持つ土俗学的法則がここに現れた」(下線は編集部による、原本は傍点)と述べている。

 林氏は、天皇制を廃止するといえば、大多数の日本人は「否!」と答える、だから連合国軍総司令部(GHQ)の最高司令官、マッカーサーはそこを避けて通り、「厄介な『アジア的伝統』の武装を解除し、神格を剥奪するだけにとどめて、その他の部分はそのままにしておいた」のだと言うのである。

 以上のことから林氏は、天皇制を敗戦後の日本に残したのは占領軍なのではなく、「日本国民の『民俗』と『存在様式』であった」と述べている。

1945年9月27日、連合国軍総司令部のマッカーサー最高司令官(左)と会見した昭和天皇=東京・赤坂の米国大使館
1945年9月27日、連合国軍総司令部の
マッカーサー最高司令官(左)と
会見した昭和天皇=東京・赤坂の米国大使館
 林氏が言う天皇制は明らかに政治的な権力支配のシステムとしての天皇制ではない。林氏は、天皇制の根本は政治的な権力や制度の思想にあるのではなく、日本人の伝統的な生活意識の基盤を形づくる民俗的な存在様式にあると考えている。そこに私は大きな共感を覚えた。

 「日本人は天皇制の変形を気にしない」という言葉には大きなショックを受けたが、言われている意味はとてもよく理解できた。そして、この「日本人」を「皇室」に置き換えて読んでも、まったく差し支えないことを知ったのである。

 林氏の言葉を借りれば、「天皇制は様々に変化し、しかも変わることなく存続した」が、その「変わることなく」というところが重要である。様々に変化してきたとはいえ、皇室は常に現在性(時代性)と歴史性(永続性)の二つが凝縮した場所としてあり続けてきた。だからこそ、時代を超えての存続を可能としたのだ。