では、皇室の永続性を支えているものは何か。

 東洋の古代国家は農耕民を支配する国家だった。そのため、専制君主としての国王は農耕民共同体の首長的な性格を持っており、実際に国家的な農耕祭祀を執り行なう司祭の役割を果たしていた。しかし、日本の場合、天皇の性格はそれだけではない。天上の神々の子孫と伝えられる宗教的な性格を持っているのである。

 天皇のような性格は、中国や朝鮮の専制君主にはないものだ。中国・朝鮮の専制君主は、あくまで天帝(天上の支配神)から地上の支配権を委任された人間であって、決して天上の神々の子孫とはみなされていなかった(天帝思想)。西洋の皇帝や王も同じことで、王権は神から授かったものとみなされていた(王権神授説)。古代朝鮮の高句麗・百済・新羅の三国時代には国王を日本のように「天孫」とする伝承があったが、その後は中国と同じ「天帝思想」へと変化していった。

 天皇が天上の神々の子孫とされたことは、天皇が農耕司祭としての農耕王であるばかりでなく、同時に自然の山野河海を祀る司祭としての自然王でもあることを意味している。この点で天皇は、他国には例をみない特異な君主なのである。

 私が思うには、自然王とともに山野河海を慕い思うところに、日本民族(エスニシティ)の基本的な資質があり、時代を超えて生き続ける皇室の永続的な性格もそこに発している。自然の恵みに依存して生きる人々が狩猟採集民だが、彼らは自然の恵みをそのまま得て生きているところから、今で言う感謝・報恩の証として、採集した植物や動物や魚介類の一部を神々に捧げた。これを贄(にえ)の進上という。

 東洋の古代国家は、土地の産物・民の労力の一部を、各地の農耕民共同体の首長を通して、唯一の統治者(専制君主)へ貢納させた。これが事実上の税となる。

 しかし、日本の古代国家ではそれだけではなく、海や山など(山野河海)に働く者たち(非農耕民共同体)が、贄を神々へ捧げるのと同じように、天皇に直接、食料となる山海の産物を贄・供物として進上したのである。これは農耕民に課された税とは別の性質のものである。

 古くは日本国のことを、「天皇が統治される(しろしめす)国」という意味で「食(を)す国」といった。「食す」は「食う」の尊敬語で、同時に「治める」の尊敬語とされる。なぜ天皇が国を統治されることを「食す」といったのだろうか。
伊勢神宮内宮前に設けられた記帳所で順番を待つ大勢の人たち=2019年10月22日午後
伊勢神宮内宮前に設けられた記帳所で順番を待つ大勢の人たち=2019年10月22日午後
 主に漁労で生活した古代の海人たちは、収穫物としての魚介類の一部を贄として自然の神々に(神社などに祀った神々に)進上し、神々に食していただき、これを神々に対する服属の証とするのが習わしだった。後には天皇に進上する食物も贄と称され、天皇に贄を進上することで天皇への服属(直属)を示したのである。言うまでもなく、天皇を天上の神々の子孫とする信仰(自然王とする信仰)があるためである。

 こうした信仰習俗が、やがて古代国家の制度的な規範となり、天皇がその進上された土地の食物を「食される」(土地の魂を身に着けられる)ことによって、その土地を「統治される」とみなすようになったのだと考えられる。