古代律令制下では、租・庸・調の税が各国に課せられていたが、これとは別に貢として贄の納付が定められていた国があり、これを御食国(みけつくに)と呼んだ。御食国の全貌は明らかではないが、沿岸地帯の若狭国、志摩国、淡路国などのほか、内陸地帯の信濃国、下野国などにもあったことが知られている。

 日本に来た当初の私は、天皇を神々の子孫とする心性をなかなか理解することができなかった。それがなんとか分かると思えるようになったのは、ある人が「神社にお参りするのと同じことです」といった言葉がきっかけだった。

 なるほど、神社で土地の神々にささげ物を供える習慣は現在もなおあり、最も簡易なささげ物が「お賽銭」に違いない。このとき私は、日本人の自然(あるいは自然の神々)に対する向き合い方と天皇に対する向き合い方は、基本的に同じものだと理解した。

 私は林房雄氏の示唆を受け、また私自身の日本体験を通して、天皇が国民統合の象徴であり得ているのは、何よりも皇室が、日本人の民俗的な生活のあり方の中にその根を持っているからだと感じてきた。

 どんな国でも民衆の生活のあり方は、時代とともに変化していきながらも、古くから人々の間に伝わる風俗や習慣や信仰などを、つまり民俗を保存している。日本の皇室はその保存されていく部分に根を持ち、国民生活の時代的な変化の相を見事に映し出しながら、今日に至るまで持続してきたように思う。

 民族も文明も時代の中でさまざまな変化をとげていくけれども、なお容易に変わることのない個性—お国柄とか国民性というものがある。それは、ある時代に統一体として形成された文化の基層に根ざしたものであり、それがそれぞれの民族の心のあり方や行動のあり方を大きく方向づけているのではないだろうか。日本の皇室はそうした日本文化の基層に根を持っていて、だからこそ、現在にあって国民統合の象徴であり得ているのではないかと私には思われる。

 いずれにしても、日本の皇室は日本人が日本人としてあり続けてきたことの内部に根を持っていることは疑いない。

 太古の昔から、農耕をする者は土地の神に五穀を捧げ、漁労をする者は海の神に魚介類を捧げ、山野に狩猟をする者は山の神に獲物の肉を捧げた。そのようにして、自然の恵みに感謝する生活が人類には長い間続いた。そこでは、世界とは「自然の神々がいます大地=山野河海」にほかならなかった。
「即位礼正殿の儀」を終え、退出される天皇陛下。奥は皇嗣秋篠宮ご夫妻=2019年10月22日午後、宮殿・松の間(代表撮影)
「即位礼正殿の儀」を終え、退出される天皇陛下。奥は皇嗣秋篠宮ご夫妻=2019年10月22日午後、宮殿・松の間(代表撮影)
 そのように人間が自然に溶け込んで生きていた時代、人間は山野河海と分かち難く結びついて生きる生命体であったし、山野河海もまた人間と同じに意志を持って生きる生命体であった。山野河海と人間は、切っても切り離すことのできない一個の身体であった。

 皇室が根付く日本文化の基層は、実にそこまでの奥行きを持っている。