中国の皇帝には常に敵がいる。だからこそ、皇帝の住まいである紫禁城は軍事的要塞であり、紫禁城のある首都・北京自体も高くて分厚い城壁に囲まれている。そして皇帝は親衛隊だけでなく国の軍隊そのものを直轄下において自らの権力基盤にしている。しかし、それでも中国の皇帝は「万世一系」にはならない。一つの王朝が立つと長くて数百年、短くて十数年、必ずやどこかの地方勢力や民衆の反乱が起きて王朝と皇室が潰されてきた。

 それはすなわち中国史上有名な「易姓革命」だが、皇帝の支配下で地方勢力や民衆の反乱が必ず起きる理由は、皇帝と皇室による天下国家の私物化であり、皇帝一族による民衆への抑圧と搾取である。

 皇帝と皇室が天下国家を私物化してうまい汁を吸っていると、「次は俺たちの番だ」と取って代わろうとする勢力が必ず生まれ、天下の万民を長く抑圧して搾取していれば、我慢の限界を超え、民衆の反乱が必ず起きてくるのであろう。

 だから、中国の皇帝と皇室はいくら防備を固めていてもいずれ反乱によって滅ぼされてしまい、皇帝の一族はたいていの場合、皆殺しにされるのだ。

 結局、天下国家を私物化して民衆を抑圧・搾取の対象にしているからこそ、中国の歴代王朝と皇室は常に国内の敵によって滅ぼされる運命にあるが、これこそ、日本の天皇と中国皇帝との大いなる違いの一つだろう。 

 中国の皇帝とは違い、日本の天皇と皇室は天下国家を私物化していないし、民衆を抑圧と搾取の対象にしているわけでもない。搾取していないからこそ、皇室は常に財政難を抱え、天皇はあれほど質素な御所をお住まいにしていたのだろう。

 ゆえに、日本の天皇には敵対勢力もいなければ民衆の反乱の標的になることもない。それどころか、最高祭司として常に日本国民全員の幸福をお祈りされ、国民全員にとって守り神であり、感謝と尊敬を捧げる至高の存在なのだ。

 こうしてみると、日本の天皇と皇室は、まさに「無私」だからこそ「無敵」となっているが、「無敵」であるがゆえに、現在に至るまでの「万世一系」を保つことができるのであろう。
「即位礼当日賢所大前の儀」に臨まれる天皇陛下=2019年10月22日、皇居・賢所(代表撮影)
「即位礼当日賢所大前の儀」に臨まれる天皇陛下=2019年10月22日、皇居・賢所(代表撮影)
 重要なことは、まさにこのような無私の天皇と皇室が頂点に立っているからこそ、日本国民が多くの苦難を乗り越えて一つのまとまりとして存続を保ってきたということだ。そして万世一系の天皇と皇室がコアになっているからこそ、日本の伝統と文化が脈々と受け継がれてきているのであろう。

 そういう意味では、日本国民にとって、天皇と皇室は最も大事にして有り難い存在であることがよく分かるが、再び御代替わりを迎えた今、われわれはもう一度、天皇と皇室の歴史とその有り難さに思いを寄せて、皇室の永続と弥栄(いやさか)を心からお祈りしたい。