今も「あっと驚くギャロップダイナ!」というテレビで流れたレース実況のフレーズが耳に残っている。ちなみに、根本騎手は引退後に調教師となり、現在はアイドル藤田菜七子騎手の師匠である。

 その後、天皇賞は数々の名勝負、ハプニングの舞台となった。91年には大本命、武豊騎手騎乗のメジロマックイーンが1位入線するも最下位の18着降着処分となり、逃げた2着のプレクラスニーが6馬身も離されたというのに天皇賞馬となった。

 このとき、私はプレクラスニーからの馬券を持っていたので歓声を上げたが、本命馬のハプニングに場内は騒然とした雰囲気に包まれた。プレクラスニーに騎乗していたのは当時19歳の江田照男騎手で、今でも大穴をあけるジョッキーとして有名である。

 JCの創設以来「国際化」が唱えられてきたが、天皇賞が外国馬に開放されたのは、2005年になってからだった。しかし、JCの地位が国際的に低下し、外国馬がほとんど来なくなったので、これまで、天皇賞・秋に出走した外国調教馬はいない。

 東京競馬場の芝コースとそれによる高速馬場は、欧州の馬場とは全くの別物である。私として、このような日本独特の高速競馬は貴重だと思っているが、日本の競馬人はいまだに残る「欧州至上主義」から、全く性格の違う凱旋(がいせん)門賞制覇に執念を燃やしている。

 2005年、天皇、皇后両陛下(現上皇、上皇后両陛下)が臨席される「天覧競馬」が実施された。天皇が天皇賞を観戦した例は史上初めてであり、天皇自身による競馬観戦も、1899(明治32)年以来106年ぶりのことだった。

 このときのレースも私には鮮やかによみがえる。勝ち馬は5歳牝馬ヘヴンリーロマンス、なんと14番人気という超人気薄だった。騎乗した松永幹夫騎手はウイニングランの後、踵(きびす)を返してヘヴンリーロマンスをメーンスタンドへ向かわせて帽子を脱ぎ、両陛下に最敬礼をした。まさに、天皇賞が天皇賞たる瞬間がそこにあった。

 私の年下の友人でギャンブル評論家の松井政就(まさなり)氏は、「天覧競馬だから、間違いなくヘヴンリーロマンスが勝つ。ヘヴンリーは『天』ですよ」と、数日前から言っていた。彼は、今「夕刊フジ」に競馬コラムを連載している。
2005年10月、第132回天皇賞・秋を制したヘヴンリーロマンスの馬上から松永幹夫騎手は天皇、皇后両陛下に一礼した=東京競馬場(撮影・斎藤浩一)
2005年10月、第132回天皇賞・秋を制したヘヴンリーロマンスの馬上から松永幹夫騎手は天皇、皇后両陛下に一礼した=東京競馬場(斎藤浩一撮影)
 ここまで書いて思うのは、天皇賞では牝馬がかなり勝っているということだ。ヘヴンリーロマンスの後も、08年にはウオッカが、10年にはブエナビスタが優勝している。

 最近は言わなくなったが、安倍晋三内閣は「全ての女性が輝く社会づくり」を提唱している。果たして、アーモンドアイは来るのだろうか。出走馬16頭のうち、牝馬はアーモンドアイとアエロリットだけである。