2019年10月28日 12:07 公開

ドナルド・トランプ米大統領は27日朝、過激派勢力「イスラム国」(IS)の指導者がシリア北西部の逃亡先で、米軍に追い詰められ自殺したと発表した。

IS指導者アブ・バクル・アル・バグダディ容疑者の死亡を発表したトランプ氏は、米軍の軍用犬に追われてトンネルに逃げ込んだ容疑者が、自爆チョッキを起爆させたのだと説明した。

日曜朝という異例の時間帯に記者発表に臨んだトランプ氏は、シリア現地の夜間に行われた軍事作戦を長時間にわたりきわめて詳細に説明。軍用犬に追われたバグダディ容疑者が、「すすり泣き、泣き叫びながら」行き止まりのトンネルに駆け込んだのだと述べた。

トランプ氏によると、容疑者が身につけていた自爆チョッキを爆発させたことで、容疑者本人と子供3人が死亡し、トンネルは崩落した。米軍関係者の犠牲はなかったが、軍用犬が1匹、重傷を負ったという。

爆発で激しく損傷した遺体に対してその場でDNA検査を行った結果、バグダディ容疑者だと確認されたとトランプ氏は述べた。特殊部隊は現場で2時間にわたり、「きわめてデリケートな遺留品」を採取したという。

「むやみやたらと大勢を威圧しようとしたごろつきは、死ぬ直前、すさまじい恐怖とパニックにかられ、おびえまくって、自分に迫ってくる米軍を怖がっていた」とトランプ氏は述べた。

「病んだ、狂った男だった。(中略)犬のように死んだ。臆病者のように死んだ」とトランプ氏は強調した。

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バグダディ容疑者は2014年7月、イラクやシリアの一帯に「イスラム帝国」を樹立するとイラク北部モスルで宣言し、注目されるようになった。

ISが世界各地で繰り広げた数々の残虐行為によって、数千人が死亡した。

米政府は昨年末に、ISを「撃破」したと宣言していたが、実際にはその後もIS戦闘員は各地で活動を続けている。

トランプ氏は今月始めにシリア北部の駐留米軍を撤退させるといきなり発表し、与党・共和党からも批判された。さらに、政敵への捜査を外国に働きかけたことについて、野党・民主党が多数を占める下院で弾劾調査を受けている。そうした状況で、バグダディ容疑者の死亡は、トランプ氏にとって大きな得点になるとみられる。

どういう作戦だったのか

米政府によると、バグダディ容疑者が死亡したのは、シリア北部イドリブ県のトルコ国境に近いバリシャ村。潜伏先とみられていたシリアとイラクの国境地帯からは遠く離れている。イドリブ県は、ISに敵対するイスラム原理主義勢力が広い地域を支配しているが、IS戦闘員をかくまう対抗勢力もいるとみられていた。

トランプ氏によると、米軍はバグダディ容疑者を「数週間前」から監視しており、容疑者がイドリブへ移動したため強襲作戦が「2、3回」延期された。トランプ氏は容疑者が、IS再建のためにイドリブへ移動したのだと話した。

トランプ氏によると、米軍はヘリコプター8機で容疑者の潜伏先を攻撃。銃砲による反撃を受けたものの、特殊部隊は無事に着地し、わなが仕掛けてあると予想される玄関を避け、爆発物で壁に穴を開けて建物内に入ったのだと述べた。

ロバート・オブライエン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は、バグダディ容疑者の遺体は過激派勢力アルカイダの指導者だったオサマ・ビンラディン容疑者の遺体と同じように、海に埋葬すべきだと述べた。

トランプ氏によると、容疑者の側近の「大勢」が爆発で死亡したほか、多数が拘束された。遺体の中には容疑者の妻2人が含まれ、共に爆発していない自爆チョッキを着ていたという。

施設ではほかに子供11人が無傷のまま確保されたという。


クルド人主体の部隊「シリア民主軍(SDF)」は、バグダディ容疑者を含むIS幹部の居場所について情報を米軍に共有していたことを明らかにした。イラク政府も、自分たちが「正確な情報」を提供していたと表明した。SDFについては、トランプ氏が突然シリア北部から米軍を撤退させ、トルコによるクルド人攻撃を可能にしたのは、IS掃討作戦で米軍に長く協力していたSDFへの裏切りだと非難する声もある。

トランプ氏は記者発表で、SDFやイラクをたたえると共に、強襲作戦を可能にするため空域を米軍に開放したロシアの協力を評価した。加えて、作戦に「一定の支援」を提供したトルコとシリアもたたえた。

トランプ氏は、ロシアには今回の米軍作戦の内容を事前に伝えていなかったと述べた。

トランプ氏の記者発表の後、ホワイトハウスは大統領やマイク・ペンス副大統領がシチュエーション・ルーム(ホワイトハウス内の作戦司令室)で軍幹部たちと共に作戦進行を見守る様子だという写真を公表した。

https://twitter.com/WhiteHouse/status/1188458334086684673



バグダディ容疑者とは何者だったのか

本名はイブラヒム・アッワード・イブラヒム・アル・バドリ。緻密で非情な戦術家として名高く、世界一のお尋ね者と呼ばれていた。

1971年にイラク・バグダッド北部サマラの近郊で生まれた。2003年にイラク戦争が始まった時点では、サマラにあるモスク(イスラム教礼拝所)の聖職者だったとされている。

サダム・フセイン政権のころからすでにイスラム聖戦主義者だったという説もあれば、アルカイダ幹部の多くが拘束されていたイラク南部のブッカ米軍基地に収容中に過激思想を受け付けられたのだという説もある。

2010年には「イラクにおけるアルカイダ」という傘下組織の指導者として頭角を現し、ISが2014年にイラク・モスルを制圧すると「イスラム帝国」の樹立を宣言して注目された。バグダディ容疑者が公の場に姿を現したのはこの時だけだったが、今年初めにはIS系プロパガンダ・サイトが本人とみられる動画を公開した。

ISはその最盛期には、総人口約800万人の地域を支配していた。

米政府は2011年10月に容疑者を正式に「テロリスト」と認定し、その拘束や死亡につながる情報に懸賞金1000万ドルを提供。その金額は2017年に2500万ドルに増額された。

(英語記事 Abu Bakr al-Baghdadi: IS leader 'dead after US raid' in Syria