気がつけば移民国家!?


 それにしても、なぜ安倍政権は外国人受け入れ拡大に前のめりなのだろうか。「勤労世代の不足を許せば、経済成長の足を引っ張る」との危機意識は理解するが、あまりに性急な印象だ。

 背後にちらつくのは、外国人受け入れ推進派の影である。安倍政権がアベノミクスの第3の矢である成長戦略に苦しんでいることをチャンスとして、一気呵成に「外国人を入れるしか労働力不足には対応できず、日本の成長もない」との流れを作ろうということなのだろう。

 推進派は実に巧妙である。昨年、「毎年20万人移民を受け入れ」構想をぶち上げた。これに国民世論が反発すると、今度はそれを逆手に取って、いずれ母国に帰る外国人労働者は移民とは異なるから大丈夫とのイメージを作り上げ、受け入れ要件をなし崩しに緩和し始めたのである。

 「移民政策と誤解されないように配慮」との表現が1月29日の産業競争力会議の資料にも見つかった。機会があるたびにそう強調して回っているのだ。このまま「単純労働」の受け入れを進めたならば、気が付いたときには外国人が日本中にあふれ、移民受け入れに近い社会が実現しているかも知れない。

目先の利益に流されてはならぬ


 われわれは、単純労働を事実上解禁する国策の大転換が十分な国民的議論もないまま進められていることにもっと危機感を持つ必要がある。
 外国人を大量に受け入れることに伴うデメリットは少なくない。例えば、治安の悪化への懸念だ。外国人技能実習制度を隠れ蓑として来日し、失踪して不法滞在となる者は後を絶たない。犯罪組織の仲間に加わって不法行為に手を染めたりする例もあるという。

 国際的なテロが頻発、日本人が標的として名指しされる時代となった。極度に恐れることは禁物とはいえ、外国人が増えることへの対策は考えておかねばならない。

 外国人を大量に受け入れるとなれば、それを前提に生産ラインもできていくし、消費予測も行われる。忘れてならないのは、労働力として受け入れる業界だけでなく、彼らの消費をあてこむ業界も増えるという点だ。
 もし、当該国と日本との関係が悪化し、大量に流入していた外国人が突如として来なくなったらどうなるのか。ただでさえ、日本人の勤労世代が減るのに、外国人まで減ったのでは社会は激変に見舞われることになるだろう。日本が外国人依存を高めるのを待って、日本を困らせるために突如として人の送り出しを止める国が出てくるかもしれない。

 安い労働力がたくさん入ってくれば、日本人の賃金も下がり、雇用機会も奪うことにもなろう。結婚できない若者は増加し、新たな少子化の要因ともなり得るのだ。それで、さらに人口が減るという悪循環に陥り、だから、「もっと外国人を入れろ」という話になったのでは本末転倒もいいところだ。

 日本人の女性や高齢者を活用すべきだ。外国人を受け入れるよりもはるかにコストもトラブルも少なくて済む。日本人自身の手で少子高齢化と人口減少をどう乗り切るかを考えるのが順序というものだ。安易な数合わせに走れば、必ずどこかで辻褄が合わなくなる。目前の利益だけを考え、子孫から後ろ指をさされるようなことがあってはならない。

 日本社会の縮小は避けられない。すべてをこれまで通りにやろうとすれば無理が生じる。日本より人口が少なくとも発展している国はある。限られた人口で経済成長を達成し、豊かな社会を実現させることは可能なはずだ。小さくともキラリと光り輝く国を目指す。今を生きる日本人の覚悟が問われている。