2019年10月31日 14:29 公開

沖縄県那覇市の首里城公園で31日未明、火災が発生し、世界遺産に指定されている首里城の正殿など複数の建物が全焼した。

日本のメディアによると正殿に加え、北殿、南殿・番所、書院・鎖之間(さすのま)、黄金御殿(くがにうどぅん)、二階御殿(にーけーうどぅん)の計6棟が焼失した。

火災は午前11時に鎮圧状態となった。けが人は報告されていない。

2000年に世界遺産に

首里城は500年ほど前、琉球王国時代に建設された木造建築で、正殿は1925年に日本の国宝に指定された。

太平洋戦争の沖縄戦で全焼したものの、現在は再建されたものが一般公開されている。

2000年には、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」の一部として、ユネスコ(国連教育科学文化機関)世界遺産に登録された。

沖縄県警の報道官はAFP通信の取材で、「出火原因は分かっていないが、午前2時半ごろに警備会社の警報が作動した」と説明している。

首里城は那覇市を見下ろす丘の上にあり、石塀に囲まれている。

城跡は1970年代から琉球大学のキャンパスとなっていた。同大学が移転した後は、観光地として人気を集めている。

那覇市の城間幹子市長は記者会見で、近隣の住民への影響を心配していると語った。

その上で、火災への対応について「那覇市としてできることを最大限取り組む」と述べた。

首里城は、沖縄県にある木造建築物としては最大のもの。太平洋戦争の戦火のほか、琉球王国時代にも3度、火災に見舞われたという。

また、2020年東京オリンピック(五輪)の聖火リレールートに組み込まれている。


<解説>白石早樹子、BBCニュース(東京)

琉球王国はアジア諸国を結ぶ海運で栄えた。首里城の建築様式には中国や日本の影響が見られる一方、王宮として独特な琉球文化の中心となった。

しかし19世紀後半、琉球王家は日本政府に首里城を明け渡し、沖縄県として日本の一部となった。

古来からの首里城は1945年、太平洋戦争の沖縄戦で全焼した。史跡そのものだけでなく、復元に必要な資料や工芸品も焼失したという。

現在の首里城は1992年に再建・一般公開されたものだ。2000年には世界遺産に登録。同年に行われた沖縄サミットとミレニアムを記念した紙幣にも登場した。

王国から日本へ、戦争から平和へ――全てを眺めてきた首里城は、沖縄の人たちのアイデンティティーを象徴する建物だった。

沖縄で終戦を迎えた人は、この城が燃えたのを2度見たことになる。その悲しみは計り知れない。


(英語記事 Fire devastates historic Japanese castle