今回の対応が前例となり「日本の船から何か言われても、ぶつければよい」と思われれば、公船は言うに及ばず日本の漁船に対しても体当たりをしてくるかもしれません。実際に接近してこなくても威嚇だけで日本の漁師は、多大なプレッシャーを感じるでしょうし、最も懸念されるのが、今後、水産庁の腰が引けてしまうことです。

 それでなくとも彼らはわが国の公船が、放水しかしないことを分かっているので軽く見ている節があり、わが国のEEZ内において公船が自国の領域であることを主張しながら小銃によりわが国の船に対して威嚇するほどです。そんなことは中共(中国共産党)でもやりませんし、何よりも北朝鮮はわが国の同胞を何百人も奪ったままの国であることを忘れてはいけません。

 では、どうすればよかったのかというと、現行法で考えられるのは刑法の殺人未遂罪の適用です。刑法は基本的に国内の犯罪を取り締まるためのもので、かつては日本人が被害者の殺人事件でも発生場所が国外であれば、根拠法令がないため犯人の身柄を拘束するなど、わが国単独では強制力を行使できませんでしたが、ある事件をきっかけに刑法が改正されました。

 それは平成14年にわが国の海運会社の現地法人が所有し運航するパナマ船籍タンカーの船内で起きた、日本人が被害者となった殺人事件です。発生場所が公海上であるためパナマ国内で発生したとみなされ、その直後に同船が日本に入港してきたにもかかわらず、海上保安庁は刑事裁判管轄権を持つパナマから委託を受けるという形での捜査協力しか行えませんでした。

 結果としてフィリピン国籍の犯人は旗国であるパナマに移送され、現地の裁判所で無罪判決が下されました。そして、それを受けた海運業界から法令改正を要求する声が高まり、その翌年に刑法が改正され「殺人の罪及びその未遂罪」については日本国外においても日本国民に対して行われた場合には適用されるようになりました。

 単なる衝突事件ではわが国に管轄権がないことは前述しましたが、今回は故意に船をぶつけてきたわけですから

ここで舵(かじ)を切れば、水産庁の船に衝突するだろう

       ↓

衝突すれば、水産庁の船が沈むかもしれない

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船が沈めば人が死ぬかもしれない

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別に相手が死んでもかまわない

 という「未必の故意」を立証すれば立件可能です。実務的にはかなり難しい、いわゆる「無理筋」ですが、相手は国際法の枠外でわが国に対してくる国なのですから、教科書通りに法令を順守する優等生的対応では限界があります。実際問題として他国では似たようなことがしばしば行われており、わが国の漁民は、そうやって散々痛めつけられてきました。
大和堆周辺で北朝鮮漁船に放水する海上保安庁の巡視船=2018年月(同庁提供)
大和堆周辺で北朝鮮漁船に放水する海上保安庁の巡視船=2018年11月(同庁提供)
 何よりも北朝鮮漁船乗組員を拘束することで拉致問題に何らかのプラス効果があったと思われます。少なくとも、現場で「無罪放免]したことにより、北朝鮮から侮られることはあっても感謝されることはありません。最低でも、救助治療を名目に日本国内に連れていき、日本の社会の様子を見せて返すだけでも北朝鮮にダメージを与えることができたはずです。

 現政権は拉致問題が最重要課題と考えるのであれば、今後は今回のような甘い対応ではなく、片っ端から拿捕(だほ)するくらいの姿勢で臨んでいただきたいものです。実務上、難しい面もあるとは思いますが、ロシアは今年の9月に5隻の北朝鮮漁船を拿捕し、300人以上の乗組員を拘束しています。ロシアにできることが日本にできないわけはありません。トップがやる気を見せれば日本の優秀な現場は動くのです。次回は、わが国の安全保障を脅かす「抜け穴」について説明します。