2019年11月02日 8:16 公開

美土路昭一(みどろ・しょういち)

ついに世界王者を決める試合を迎える。知将のもとで鍛え抜いた両チームは、それぞれの国民の期待を背に、ただひとつの目標に向かい一丸となって突進する。

ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会は2日に横浜国際総合競技場で決勝が行われる。

4回目の決勝進出で2003年以来二度目の優勝を狙うイングランド(世界ランク1位)と、12年ぶり三度目の王座を目指す南アフリカ(同2位)の顔合わせ。


2007年大会決勝の再現となる一戦は、ラグビーの母国と王国の復権をかけた戦いとなる。

屈辱をバネに

ラグビーの母国、イングランドのプライドは地元開催だった2015年W杯で地に落ちた。

1次リーグで2敗を喫して敗退。決勝トーナメント進出を逃した初のホストという不名誉な称号を手に入れたのだ。

2019年W杯の開催国が決まった時(2009年)は、日本が初の「不名誉な開催国」になると思われた。ところが日本は1次リーグ4戦全勝で1位通過したため、今のところ、イングランドは「初」だけでなく、「唯一」の記録保持者だ。

この惨敗を受け、イングランド協会は、日本代表のヘッドコーチを退任後に南アフリカのスーパーラグビーチーム、ストーマーズの監督に決まっていたエディ・ジョウンズを、初の外国人監督として起用した。

差別超えて

一方、南アフリカにおけるラグビーは、長く政権を握っていた白人がこよなく愛したスポーツ。

それ故にアパルトヘイト(人種隔離)政策の象徴となり、非白人からは忌み嫌われていたが、1995年W杯でネルソン・マンデラ大統領の支援を受け、「ワンチーム・ワンカントリー」を掲げたスプリングボクス(南アフリカ代表チームの愛称)が優勝。今ではチーム内の黒人選手も増え、広く国民から支持されるチームになった。

アパルトヘイトに対する国際制裁前まではニュージーランドを含む全ての国に勝ち越していたラグビー王国も、前回大会は準決勝で敗退。1次リーグでは格下の日本によもやの黒星も喫した。

その後も、2016年末の遠征ではイングランド、ウェールズに加えてイタリアにも敗れ、2017年9月にはニュージーランドに0-57で惨敗するなど不振が続いた。


そして昨年3月、アリスター・クッツェー監督の解任に伴って、ディレクター・オブ・ラグビー(サッカー界の技術委員長に近い役割)を務めていた、ラシー・エラスムスがスプリングボクスを救うために監督に就任した。

選手時代から分析家

ジョウンズ監督の経歴は、日本では改めて紹介する必要もないだろう。

一方、エラスムス監督は元スプリングボクスのフランカーだ。

現役時代の彼の試合を取材したことがあるが、オーストラリアの司令塔スティーブン・ラーカムにプレッシャーをかけ続け、今なら毎回TMO(テレビ判定)になりそうな際どいタイミングでタックルを見舞っていた。

同時に、対戦相手の分析が今ほど一般的ではなかった時代に、現役選手でありながら個人的にビデオ分析を行っていたことで知られる。

2003年で現役を引退して指導の道に転進。監督2年目で、フリーステート州代表のチータスを南アフリカ国内の地域代表による全国選手権、カリーカップで29年振りの優勝に導いた。

知将ぶりが出るポイント

ともに準備の人だ。

ジョウンズ監督は日本代表時代、2015年W杯の組み合わせが決まった時から南アフリカに勝つ準備をはじめ、それを実現した。今大会の準決勝でニュージーランドを破った後も、2年半準備してきたと話している。


一方、エラスムス監督率いる南アフリカは、日本を除く19チームの中で最も早く来日した。日本各地での事前キャンプや日本代表との試合を通じて、大会前半に多くのチームが苦しめられた暑く湿度の高い日本の気候に順応しただけでなく、日本の文化や生活習慣に慣れる時間も十分にとったことで、選手はリラックスして日本生活を楽しみながら戦うことができている。

知将同士の対戦だけに、お互いどんな策を講じてくるか興味深い中で、一つのポイントが試合途中の選手交代だ。

ただの交代要員にあらず

ラグビーは当初選手交代が全く認められず、その後も、負傷した場合にのみに認められる時期が長かった。日本で控え選手を、予備という意味の「リザーブ」と呼ぶのは、積極的な交代が行われなかった時代の名残だ。

現在は戦術的な入れ替えが認められており、イングランド、南アフリカを含む英語圏では、控え選手には「Replacements(交代者)」という単語を使う。

しかし、ジョウンズ監督率いるイングランドの男子代表だけはメンバーの公式発表の中で「Finishers(仕上げ役)」という呼称を使い、その役割を明確に表している。

一方、南アフリカはメンバー発表でこそ「Replacements」を使うが、チーム内では控え選手たちを「Bomb Squad(爆弾チーム)」と呼んで、途中出場でインパクトを与える貢献ぶりを称えている。

世界トップレベルのフッカーと言われるマルコム・マークススティーヴン・キッツォフら、W杯前は先発メンバーだった選手が大会後半から爆弾チーム入り。

さらに、ほとんどのチームがフォワード5人、バックス3人の組み合わせにしている控え選手に6人のフォワードを入れ、強みのフォワードでさらに大きなインパクトを狙っている。

注目の選手は

先発の中で注目したい選手は、イングランドではロックのマロ・イトジェ

ボールを動かして快勝したイングランドに対して、強いフォワードを前面に出して競り勝った南アフリカと、準決勝の戦いぶりは一見対照的だが、実は両チームともに一つひとつの局面での身体と身体のぶつかり合いで相手を上回ったことが勝因となっている。

その意味で、スプリングボクスの大型で強力なフォワードに対して、ラインアウトも含めたイトジェがどれだけ戦うかが大きなカギとなる。

南アフリカでは、ゴールキッカーを務めるSOハンドレ・ポラード

南アフリカは過去二度の優勝の際、ともに決勝ではトライを挙げていない。どこでそれを見たか南アフリカ国民は誰もが覚えていると言われる、1995年W杯優勝を決めたジョエル・ストランスキーのドロップゴールに代表されるように、二度ともキックで栄冠を獲得してきた。

今回も沈着冷静で正確なキッカーにかかる期待は大きい。SHファフ・デクラークは同じキックでも相手フォワードの背後に落として味方を前に出すボックスキックで試合を作る。勝ち気な性格で攻撃力抜群だが、決勝では冷静さを保つことが重要になるだろう。

両国で高まる期待

戦前の予想は、準決勝でのあまりに見事な勝ちっぷりもあって、イングランドが有利だ。

決勝にはハリー英王子が来日して観戦し、イングランドファンはキャプテンのオウエン・ファレルが優勝トロフィーのウェブ・エリス・カップを掲げることを期待して大挙来日している


一方、タウンシップ(黒人居住区)の貧しい環境で生まれ育ち、初の黒人キャプテンとなったシヤ・コリシが率いるスプリンボクスは、ラグビーファンだけでなく全国民を背負って決勝に臨む。

12年前の優勝時のキャプテン、ジョン・スミットは「もし、決勝でイングランドに勝って、コリシがウェブ・エリス・カップを掲げれば、(白人の)ピナールキャプテンがマンデラ大統領と共に掲げた1995年よりも勝利の価値は大きい」とBBCのラグビーポッドキャストで話している。

最後に歓喜するのは

今大会の準決勝終了後、コリシらスプリングボクスの選手たちが観客席にあいさつに向かうと、様々な人種が入り交じった南アフリカサポーターの集団から「シヤ、シヤ、シヤ」のコールが起きた。

それを聞いて、1995年W杯の開幕戦にマンデラ大統領が登場した時、当時は圧倒的に白人が中心だった観客席から起きた「ネルソン」コールを思いだした。

ラグビー母国が16年ぶりに世界王者につくのか、それとも、再びラグビーがレインボー・ネーションの象徴となるのか。

44日間にわたって熱戦が続いた大会は、この試合で幕を閉じる。

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※アジア初開催ラグビーW杯。BBC NEWS JAPANでは注目試合の結果をお伝えするとともに、ラグビーを長年取材してきた美土路昭一氏のコラム<美土路の見どころ>を不定期に掲載しています。


美土路昭一(みどろ・しょういち) 朝日新聞記者(ラグビー担当)としてラグビーW杯1995南アフリカ大会を取材。元日本ラグビーフットボール協会広報・プロモーション部長。早稲田大ラグビー部時代のポジションはSH。1961年生まれ。