識者の多くは「処理水は海洋放出する」という処理法で一致している。一方で、海洋放出に反対している人々の多くは、処理水にトリチウムが残っていることを問題視している。トリチウムを除去できればいいのだが、トリチウムとは水素の同位体であり、通常は酸素と反応して水の形で存在するために、除去が難しい。では、海に流して大丈夫なのか。

 トリチウムというのは、自然環境中に存在している放射性物質である。原発からの処理水に含まれているだけでなく、宇宙から降り注ぐ放射線(宇宙線)と大気が反応して生成され、地球全体で年に約72ペタ(72000兆)ベクレル生まれるとされるが、半減期は12年ほどで、徐々に崩壊して普通の水素に変わっていく。トリチウムは除去できないので、我々が飲んでいる水にも1リットル(1キログラム)当たり0.4ベクレルほど含まれている。空気中や食物中に存在するラドンやトロンなどから人間は年に2.4ミリシーベルト被ばくしているが(世界平均)、ラドンやトロンから出る放射線(α線)に比べ、トリチウムから出る放射線(β線)は紙1枚で遮蔽できるほど弱く、影響は桁違いに小さい。

 環境問題が専門の安井至・東大名誉教授はこう説明する。

「放射線源は体内の特定の部位に一定の量が集まると、健康被害を起こす可能性があります。ストロンチウムは骨に集中し固定されるから、危険とされているわけです。しかし、トリチウムは水の形を取っているので、体の中に取り込まれてもどこかに溜まることはなく、均一に分散し、いずれ排出されます。

 体を構成するたんぱく質などの水素がトリチウムと入れ替わる『トリチウムの有機化』という現象は確かに起きますが、特定の部位に集中するわけではないし、有機物に取り込まれるということは結合が安定していないということで、離脱も起きると考えられます。そもそもトリチウムが出す放射線は非常に弱いので、体への影響はほとんどありません」

 ゼロリスク志向の人々は我々が生活している環境が清浄と考えているのかもしれないが、現実には放射性物質はそこら中に存在しているし、1960年代に世界中で行われた核実験で放出された放射性物質もまだ残っている。そんな中でも、日本人の平均寿命は12年ごとに1歳ずつ伸びてきたのだ。

 海に流して希釈すれば問題がないという理由から、世界中の原発でトリチウムを含む処理水は海洋放出されている。福島第一原発敷地内のタンクに貯められた処理水のトリチウム濃度は平均で1リットル当たり100万ベクレルで、1000倍に希釈すれば環境基準値を下回る。そのうえで海に流せば海水でさらに希釈されるので、科学的には問題ないと言える。

記者団の取材に応じる松井一郎大阪市長=2019年9月、大阪市役所
記者団の取材に応じる松井一郎大阪市長
=2019年9月、大阪市役所
 小泉氏はこうした知識がないことを世間に晒してしまったが、受難はまだ続いている。9月17日に福島県を訪問した際に、福島県内の放射能汚染土を県外へ移すという政府の約束について記者から聞かれたときのコメントは「ポエムだ」と笑いものにされた。国連の気候行動サミットに環境相として出席したときの記者会見での「セクシー発言」に対してもネットには批判の声があふれた。隣の席にいたフィゲーレス前事務局長のセクシー発言を紹介しただけで、これで批判されるのは少々理不尽だが、石炭火力を減らす方法を聞かれて具体的に何も答えられなかったことは批判されても仕方がない。

 小泉氏の話に中身があるかないかはさておき、喫緊の問題は、処理水の処分である。

 小泉発言を受けて、松井一郎大阪市長は9月17日の記者会見で、トリチウムを含んだ処理水について、「自然界レベルの基準を下回っているのであれば海洋放出すべきだ。政府、環境相が丁寧に説明し、決断すべきだ」と述べつつ、「大阪まで持ってきて流すなら、協力の余地はある」と、大阪湾への放出を認める発言をした。