2019年11月06日 10:55 公開

小村トリコ、ライター

思いがけない話、理解の深まる話、感動的な話――。BBC「ジャパン2020」では、2020年の東京オリンピック(五輪)およびパラリンピックを前に、日本各地のさまざまな話題をお届けします。

「茶道」と聞いてまず思い浮かぶのは、着物を着た上品な女性が畳の上に座り、作法に沿って抹茶をたてるという優美な姿だ。2016年に総務省統計局が行った調査によると、茶道人口の約8割は女性だという。しかし「茶道は女性のもの」というイメージは、近年になって新しく生まれたものに過ぎない。そもそも抹茶を飲む文化が中国から日本へと入ってきた800年前、茶道は武士や僧侶といった男性がたしなむものだった。

文化人類学者の加藤恵津子さんは、著書「<お茶>はなぜ女のものになったか」の中で、茶道は女性にとって「自らの社会的認知度を高める」役割を持っていたと指摘している。

1868年の明治維新以降、茶道を通して女性らしい振る舞いや教養を身につけようと、いわゆる「花嫁修行」のために茶道を始める女性が爆発的に増えた。茶道では、地道な訓練によって「お点前(てまえ)」と呼ばれる独特な身体の動きを習得し、客人を招いてもてなす「茶会」の席でその成果を披露できる。これは「女性の居場所は家庭のみである」と信じられていた時代において、女性が社会から認められるための貴重な手段だったと、加藤さんは分析する。

しかし現在、日本人女性の社会進出が進むにつれて、茶道を習う女性の数は減少しつつある。総務省統計局の同調査では、茶道に関わる女性の半数以上を占めているのが「50歳以上」。高齢化による後継者不足は、茶道界にとって深刻な問題となっている。

そうした状況の中、茶道に今ふたたび転換期が訪れようとしている。10年ほど前から、若手の茶人たちが現代のカルチャーに合わせた新しい茶道の流派を立ち上げているのだ。

戦国武将と現代のビジネスマンの共通点

「給湯流茶道」は、2010年に設立された現代茶道の流派の一つだ。コンセプトは「忙しいビジネスマンのための茶道」。家元の谷田半休(たにだはんきゅう)さんは、都内の会社に20年以上勤めるOLだ。それまで茶道に触れたこともなかった谷田さんが茶道の世界に興味を持ったきっかけは、週刊漫画雑誌で連載していた「へうげもの(作・山田芳裕)」という漫画を読んだことだった。日本の戦国時代を舞台にしたこの作品の中では、激しい戦乱の世にありながら武将たちが茶道に熱中する様子が描かれている。

谷田さんは当時をこう振り返る。「この作品を読むまで、茶道とは着飾った女性たちがお茶を飲むだけの、退屈なものだと思っていました。でも戦国時代の武将たちは、明日死ぬかもしれない過酷な環境の中で、真剣にお茶をたて、茶会を通して精神的な成長や仕事の成功を成し遂げていたのです。彼らの生き方が、現代社会でストレスを抱えながら仕事と戦う、私たちビジネスマンの姿と重なりました」

本格的に茶道の勉強を始めた谷田さんはある時、京都にある、戦国時代から安土桃山時時代にかけて活躍した伝説の茶人、千利休が建てた国宝の茶室「待庵(たいあん)」を訪れた。

「わずか2畳の空間がまるで宇宙のように感じられると聞いて、とても期待していました。でも実際に見てみると、あまりにも狭い。狭すぎたのです。ちょうど私の会社の給湯室と同じくらいの大きさでした。自分が給湯室で抹茶をたてているところを想像したら、おかしくて、笑いが止まりませんでした」と、谷田さんは話した。

谷田さんが感じたのは、「茶道はこんなにも自由でいいのか」という驚きだった。「本来、茶室は4畳半の広さを基準としていますが、その半分以下のサイズのこの茶室を、戦国武将たちは絶賛したのです。茶道とは形式を守るだけでなく、時にルールを破ることも大きな魅力だったのだと気がつきました」と谷田さん。さっそく会社に戻り、2人の同僚を給湯室に招いて、初めての「茶会」を開いた。いつもは上司に渡すお茶をいれたり、レンジで弁当を温めたりする給湯室だ。試しに床に正座してみると、そこには今までとはまったく違った世界が広がっていたという。こうして、「給湯流茶道」が始まった。

ビジネスマンに茶道をすすめる3つの理由

給湯流茶道が提唱するのは、「ランチタイムに給湯室で茶会を開く」という新しいスタイルだ。谷田さんによると、ビジネスマンが業務時間の合間に茶道を行うメリットは、大きく分けて3つあるという。

まず1つ目は、抹茶はカフェインの含有量が多いこと。抹茶の1種である「薄茶」1杯(粉末の抹茶2グラム)あたりのカフェイン量は約64ミリグラムで、コーヒー1杯(豆10グラム)のカフェイン量が約60ミリグラムであるのとほぼ同程度だ。カフェインの覚醒作用は眠気を飛ばし、午後の仕事に集中しやすい状態を作る。「戦国武将たちは戦に出陣する前に抹茶を飲み、自分を奮い立たせることもあったそうです」と谷田さんは話す。

2つ目は、茶会で生まれるネットワークだ。茶会とは役職に関係なく、すべての人が平等な立場で参加するもの。そこで給湯流茶道では、参加者全員が会社の「IDカード」を首から外して、床に置いてから給湯室に入るというルールがある。これはかつての武将たちが、自身のアイデンティティを示す「刀」を外してから茶席に着いたことを元にしているのだという。

「戦国時代の茶会では、普段は話せないような戦や武器などについてのさまざまな交渉が行われていました。有能な武将は、茶会を通して仕事の成功を勝ち取っていったのです」

そして3つ目は、非日常な空間で気持ちをリフレッシュできること。給湯流茶道では、本来は茶道具でないものを茶道具として使用する「見立て」のアイデアを活用して、ありふれた給湯室を特別な雰囲気に演出する。

たとえば、茶会において抹茶を注ぐ「茶碗」は、参加者たちが最も注目する道具の一つだ。一般的な茶道では、茶会のホスト役である「亭主」は1つ数十万円もするような高価な茶碗を用意することもある。しかし給湯流茶道では、あえて給湯室にある使い古されたコーヒーカップを茶碗として使ったりもする。経理に提出する前の領収書を冷蔵庫に貼り付けて、「掛け軸」の代わりにしたこともあったという。

「豪華なものより古ぼけた簡素なものを好んで使うのは、千利休が完成させた『わび茶』の精神から来ています。大切なのは、物に込められた心を伝えること。たとえばコーヒーカップの染みやヒビには、これまで使ってきた人たちの苦労が表れています。そのストーリーをお客様と共有することで、その場にいる全員と思いを通わせることができます」

ゲームのように気軽に茶道を楽しめる時代へ

たった3人の茶会から始まった給湯流茶道は、やがて知人を通して他の会社の給湯室でも茶会を開くようになった。過去にはロンドンやニューヨークの会社まで遠征したこともあったという。現在は、地方の廃駅や温泉街のストリップ劇場など、給湯室以外にも活動の場を広げている。これまでに開催した茶会はおよそ120回、のべ2400人の参加者を集めた。

「給湯流茶道は、茶道のエッセンスを抜き出してパロディ的に扱うことで、しきたりにとらわれず、気軽に茶道を楽しめるゲームのようなものです」と話すのは、駒澤大学グローバル・メディア・スタディーズ学部長として経営学を教える山口浩教授だ。教授は2013年ごろから給湯流茶道の茶会に客として通い始め、現在はメンバーの一員として運営をサポートしている。

「茶道をとりまく環境は、ここ数十年で大きく変わった」と山口教授は続ける。

「日本経済が急速に豊かになった戦後から昭和の終わりごろまでは、茶道を教える人や道具を売る人など『提供する側』の権威が高く、道具や教室代に大金をつぎ込む人が数多くいました。しかし今は、そうした権威の価値を認める人が減ったため、茶道を『習う側』が相対的に優位になるというパワーシフトが起きています。これからは習う人たちがより楽しめるように茶道を変化させていかなければ、茶道人口は減っていくでしょう」

給湯流茶道の茶会には、これまで茶道を経験したことがない人も、伝統的な茶道の専門家も同じように客として参加して、それぞれの楽しみ方を見つけていくのだという。

「私たちの茶会をきっかけにして、茶道に興味を持つ人がもっと増えることを願っています。抹茶は日本が誇る素晴らしい飲み物です。ビジネスマンがオフィスでコーヒーを飲むように、抹茶を飲むのが当たり前の世の中になってほしい」と、谷田さんは言う。

(英語記事 An ancient way of doing business in Japan