また、多忙は、考えると苦しくなる問題から目をそらして否認する「道具」にもなり得ます。「強迫性障害」という異常心理がありますが、これは気にしなくてもよいことを気にしてしまって、無意味な行動を繰り返したり、本当に必要な行動が取れなくなる状態を言います。

 強迫性障害の全ての人に当てはまるわけではないですが、何かを気にして心を忙しくすることで「本当にヤバいこと」を考えないように逃げていることが知られています。

 実際、いじめの「首謀者」とされる女性教師の謝罪の言葉に、「子供たちを精いっぱい愛してきたつもりですが…」という件(くだり)があります。被害者と向き合うのではなく、教師としての自分の仕事に向き合おうとする姿勢がうかがえます。これでは、加害者としての自分から逃げているかのように感じられてしまいます。

 心理学では、このように「いつも通り」に逃げ込んで、問題と向き合わない現象を「恒常性錯覚」と呼びます。この錯覚は、防災などの危機管理を考える際のキーワードとしてよく使われます。危機的な状況でこの錯覚に陥ると、危機がさらに拡大するからです。全ての人とは言いませんが、加害教師らも市教委も恒常性錯覚に陥っているのかもしれません。

 錯覚にはまる要因は、先に指摘した多忙さだけではありません。日本の学校には、100年以上も脈々と受け継がれた文化と伝統があります。

神戸市立東須磨小で同僚をいじめていた加害教諭4人の休職を発表し、謝罪する市教育委員会の幹部ら=2019年10月31日、神戸市役所
神戸市立東須磨小で同僚をいじめていた加害教諭4人の休職を発表し、謝罪する市教育委員会の幹部ら=2019年10月31日、神戸市役所
 また、義務教育は日本国憲法で定められた国民の三大義務であり、決して無くなりません。実は、このような特徴にも恒常性錯覚を起こしやすい背景があると言えるでしょう。

 今回の教師いじめは一種の集団暴行であり、学校教育は大きな危機を迎えたといっても過言ではありません。その中で恒常性錯覚に陥ったままに対応を誤ると、学校教育への信頼がますます揺らぐことでしょう。

 恒常性錯覚は、心理学者としての私が指摘した懸念ではありますが、これが本当に懸念にすぎないことを祈っています。日本の学校教育に育ててもらった一人として、国民に広く信頼される学校教育であってほしいと思うばかりです。