2019年11月11日 11:59 公開

ベルリンの壁崩壊から30周年を迎え、アンゲラ・メルケル独首相は9日の記念式典で、民主主義を軽視すべきではないと警告した。

演説でメルケル氏は、「人々を排除し自由を制限する壁がどんなに高くても(中略)壊れない壁はない」と話した。

ベルリンでは冷戦中、旧ソヴィエト連邦が支配する東ベルリンと資本主義の西ベルリンの間に壁が築かれ、人々の通行が制限された。

壁は1989年11月9日に崩壊。この出来事は自由民主主義の勝利と見なされ、翌1990年には東西ドイツが統一された。

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メルケル首相はこの日の式典で、「自由、民主主義、平等、法治主義、人権といった欧州の基礎となっている価値は自明のものではない。時を経て何度も改めて命を吹き込み、守らなければならないものだ」と警告した。

「私たちはどんな言い訳もせず、自由と民主主義のために責任を果たす必要がある」

欧州各国では近年、右翼が台頭している。また、ポーランドやハンガリーの政府にはかねて、法治主義に反しているとの批判が出ている。

ベルリンの壁は1989年、東欧各国で反政府デモや民主化運動が起こり、共産党政権が倒れた東欧革命のさなかに崩壊した。

ドイツのフランク=ワルター・シュタインマイヤー大統領は式典で、「ポーランドとハンガリー、チェコ、そしてスロヴァキアの人々が自由を望み勇気を持たなければ、東欧での平和的な革命やドイツの再統一は不可能だった」と述べた。

一方で、「自由民主主義は阻害され、疑問視されている」と付け加えた。ハイコ・マース外相も、「欧州から力が移りつつある。権威主義的なモデルが台頭している。アメリカはますます、自国に目を向けている」と語った。

アメリカのマイク・ポンペオ国務長官はこの式典に参加しなかったが、11月初めにベルリンを訪れている。

ポンペオ長官は8日、「自由は決して保証されていない」と警告。特にロシア政府と中国政府の人権の取り扱いを批判し、「現在、権威主義がまた台頭してきている」と述べた。

9日はまた、1938年にナチス政権下のドイツやオーストリアで多くのユダヤ教徒の家やシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)、店舗などが襲撃された「水晶の夜」があった日でもある。

地元メディアによるとこの日、ドイツ北西部ビールフェルトでは極右を支持するデモに200人が参加。これには、ナチス・ドイツによるユダヤ人などの大虐殺(ホロコースト)否定論者も参加していた。

一方、これらのデモに対抗する反ファシズム団体や左翼グループの抗議運動には数千人が参加したという。


ベルリンの壁崩壊とは

  • 第2次世界大戦後、欧州は旧ソ連と西側の連合国側に分かれた
  • ソ連は東欧の共済主義国を統制し、「鉄のカーテン」と呼ばれる状況を作って東西を分断した
  • ドイツは東側をソ連に、西側をアメリカ、イギリス、フランスに支配され分裂した。ベルリンも東と西に分かれたが、1961年にベルリンの壁が設置され、東から西への移動が禁じられた
  • 1989年の東欧革命で、ソ連の統制下にあった東欧の共産主義政権が倒れ、民主化が加速した
  • 東ドイツでは大規模なデモが続き、また政府報道官が誤って移動の自由を発表したことで、1989年11月9日に多くの人が国境に殺到した。警備員は最終的に検問所を開き、何千人もの人が東側から西側へ流れ込んだ。ベルリンの壁も、ハンマーやつるはしで破壊された

(英語記事 How 1989 reshaped the modern world