一色正春(元海上保安官)

 今回は前回の話を踏まえた上で、わが国の安全保障にぽっかりと空いた穴について説明します。

 繰り返しになりますが、領海の外で起こった日本船以外に乗り組む外国人が起こした過失による衝突事件については、日本人が何人死亡しようが、単なる衝突事故であれば、わが国に刑事上の管轄権はありません(国連海洋法条約第九十七条)。ことほど左様に一朝事あれば領海か否かということは非常に重要なわけですが、わが国の領海はどのように定められているのかというと、領海及び接続水域に関する法律の第一条に「我が国の領海は、基線からその外側十二海里の線(中略)までの海域とする」と定められています。しかし、同じ法律内の附則に 

 当分の間、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡(これらの海域にそれぞれ隣接し、かつ、船舶が通常航行する経路からみてこれらの海域とそれぞれ一体をなすと認められる海域を含む。以下「特定海域」という。)については、第一条の規定は適用せず、特定海域に係る領海は、それぞれ、基線からその外側三海里の線及びこれと接続して引かれる線までの海域とする。

 という特例があり、これらの海峡や水道の幅は6海里以上あるため両岸から3海里の線を引くと真ん中に領海に含まれない海域が生じます。つまりわが国は国連海洋法条約により沿岸から12海里の幅の海域を領海であると主張できるにもかかわらず、これらの海峡や水道の真ん中に、わざわざ附則により公海を設けているのです。

 なぜ、このように自ら主権を制限するかのような条文を盛り込んだのか、平成27年に緒方林太郎衆議院議員が行った「特定海域の必要性、合理性はあるのか」という質問に対する政府の答弁書を引用すると「(前略)海洋国家及び先進工業国として、国際交通の要衝たる海峡における商船、大型タンカーなどの自由な航行を保障することが総合的国益の観点から不可欠であることを踏まえたものである(後略)」と答えています。

 要は「他国の船舶の航行の自由のために自国の海峡や水道の真ん中に主権を制限してまで、公海を作り出している」ということで、これを海洋法に詳しくない人が聞けば「日本は他国の利益のために自国の主権を制限しているのか」「いい話ではないか」と思うかもしれませんが、だまされてはいけません。ちなみに主権を制限するという表現に対しては、「元々領海の幅は3海里だった」「もともとあったものを狭めるのではなく、単に広げていないだけだから制限という表現は正しくない」というような屁(へ)理屈をこねています。

 そもそも領海であっても国連海洋法条約に

十七条 無害通航権

すべての国の船舶は、沿岸国であるか内陸国であるかを問わず、この条約に従うことを条件として、領海において無害通航権を有する。

 とうたわれているわけですから、商船、大型タンカーなどは領海であろうが公海であろうが自由に航行できるのです。
海上保安庁の巡視船から放水を受ける北朝鮮漁船=2018年9月、大和堆周辺(同庁提供)
海上保安庁の巡視船から放水を受ける北朝鮮漁船=2018年9月、大和堆周辺(同庁提供)
 また、同じ答弁書で「国際航行に使用されている海峡」における通過通航に関する制度について述べていますが(話がややこしくなるのでここでは説明しません)、これも方便にすぎません。