重村智計(東京通信大教授)

 日韓軍事情報保護包括協定(GSOMIA)破棄通告の効力をいつでも終了できる前提のもとに停止する-。11月22日夕方、土壇場に韓国大統領府が発表したこの声明の背景には米国の怒りがあった。

 米国は米韓同盟崩壊の危機を感じ、最大限の圧力をかけ続けた。期限直前には、上院も協定の重要性を訴え、韓国に破棄再考を求める決議を全会一致で採択するという異例の対応を見せた。

 米国との同盟関係を危うくする政権は日本でも韓国でも持たない。その現実にようやく気がついた文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、外交でも完敗を喫した。

 韓国大統領府の金有根(キム・ユグン)国家安保室第1次長が記者会見場に立ち、声明を発表したのは協定期限切れの約6時間前のことだ。表現には、多くのごまかしと政権の苦悩が散りばめられている。改めて全文を確認してみよう。

 「韓日両政府は、昨今の両国間の懸案解決に向け、それぞれ自国が取る措置を同時に発表する。わが政府はいつでも韓日軍事情報包括保護協定の効力を終了できる前提の下、2019年8月23日発表の終了通告の効力を停止させることにし、日本政府はこれに理解を示した。韓日間の輸出管理政策対話が正常に進められる間は、日本側の3品目の輸出規制に対する世界貿易機関(WTO)への提訴手続きを停止させる」

 この声明では、日韓両国が「同時発表する」と述べ、あたかも日韓が合意に達したようにごまかしている。だが、日本側は同時に発表したわけではない。

 あくまで「日本側が譲歩したから合意した」と演出しようとしているわけである。「GSOMIA破棄通告停止」に「日本政府は理解を示した」と述べ、あたかも日韓の合意があったかのように表現した。

 さらに、WTOへの提訴手続きを「停止させる」と言及したことで、明らかにGSOMIAと輸出管理問題を関連付けて、国民に強調しようとしている。権力は、メディアや国民に真実を語りたがらないという「ジャーナリズムの常識」を裏付ける事例である。

 ところで、今回の発表で奇妙だったのは、協定に関する記者会見に金第1次長が初めて登場したことだ。GSOMIA破棄を強行したのは金第1次長ではなく、金鉉宗(キム・ヒョンジョン)国家安保室第2次長だったからだ。

 金第2次長は上長である国家安保室長や外相、国防相よりも力があり、他の省庁の人事にも介入すると言われた。しかも反日、反米の姿勢が強いとされる。

 康京和(カン・ギョンファ)外相や鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防相の意向を無視できるほどの実力者で、「GSOMIAファイター」とまで呼ばれた。ところが、その金第2次長は会見に姿を見せず、逃げてしまった。
2019年8月23日、GSOMIAの破棄に関して会見する韓国大統領府の金鉉宗・国家安保室第2次長(共同)
2019年8月23日、GSOMIAの破棄に関して会見する韓国大統領府の金鉉宗・国家安保室第2次長(共同)
 実は、金第2次長は22日まで米ワシントンを訪問していた。そのうえで、大統領府で行われる国家安全保障会議(NSC)会合に間に合うように帰国していたのである。

 彼を交えたNSC会議で、ワシントンの怒りを報告し「破棄通告停止」を決めたのだから、彼の威信は崩れた。8月のGSOMIA破棄発表の際、彼は「米国の理解を得た」と述べていたが、真っ赤な嘘であった事実が明らかにされたのである。