春日良一(スポーツコンサルタント)

 私はヘビースモーカーだった。日本オリンピック委員会(JOC)の職員だったころ、事務局での過酷な業務の疲れを、あの一服がどれほど癒やしてくれたか分からない。

 4年に1度のオリンピック競技大会とアジア競技大会の開催が近づくと、日本代表選手団の派遣業務が始まるが、心身ともにハードだった。健康診断からユニホームの採寸、渡航手続きや名簿作成に至るまで、時に500人からなる代表選手や役員一人一人の面倒を見なければならないからだ。

 多くは事務的な仕事であるが、単純な肉体労働も待ち受けていた。選手団の荷物に大会組織委員会から配布される特別な公認シールを張れば、税関もフリーパスで通れるとあって、さまざまな競技のあらゆる荷物が事務局に殺到する。

 そこに選手団本部の荷物が加わる。選手村内に置かれる本部で選手を管理・支援するには、業務を支える備品や食料、医療品など幅広くそろえる必要がある。

 大量の荷物をJOCの責任で全て確認して、計量・整理したうえで荷造りしなければならない。さらに、荷物を倉庫から出して航空機にチェックインするまでの搬送に関わる全作業が事務局職員にのしかかった。

 夏季大会の場合は、準備期間も暑い時期になるので、文字通り汗まみれになった。大会2カ月前からほとんど毎日残業で、深夜帰宅になる。18時になって冷房が切られると、窓を開けて、タオルを首に巻きながら仕事を続けた。

 そんなとき、休憩に吹かす1本のタバコがどれだけ励みになっただろうか。冷たい缶コーヒーを飲みながらショートホープに火をつける。一服を終えれば、「さあ、あともうひと頑張りだ」と気合を入れたものだ。

 また、選手団派遣業務では神経をすり減らす緻密な労働もあった。それは選手団のエントリーである。

 特に、大会2週間前に行う個人エントリーは「氏名のエントリー」とも呼ばれ、選手一人一人のデータを登録しなければならない。当時は競技団体の代表選考も大会直前というギリギリのタイミングが多く、時間との闘いも強いられた。
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)
 それでもミスを犯すことは許されない。締め切りに遅れたら、選手が出場できなくなる。名前を一字スペルミスしただけで、その選手の努力は水泡に帰す。

 いくら念には念を入れても、足りないくらいだ。迫りくるエントリー締め切り日という名のデッドライン(死の線)まで精神を研ぎ澄まして、英文タイプライターで一字一句打ち込む日々が続いた。