2019年12月12日 12:53 公開

12日に投開票が行われる英総選挙では、「戦術的投票」と呼ばれるものが大きな話題になっている。有名俳優のヒュー・グラントさんなどが呼びかけているこれは、実際にどの程度の影響力があり得るのか。

選挙分析に詳しい英オックスフォード大学のスティーヴン・フィッシャー准教授が、「戦術的投票」の有効性について解説する。


戦術的投票とは、有権者が本来支持する政党や候補に投票するのをやめて、地元選挙区でもっと勝つ可能性のある別の候補に入れることを意味する。必ずではないが多くの場合、嫌いな候補を落選させることが目的だ。

得票数の比較的わずかな変化が、候補者の当落に大きく影響する可能性がある。

2017年の英総選挙では、得票率50%未満で当選した下院議員が174人いた。2015年の総選挙では、下院定数650のうち334人が得票率50%未満で当選した。そうした選挙区では、3位以下になった政党の支持者が2位になった政党に投票していれば、2位の候補者が当選していた可能性がある。

どれくらいの人が戦術的に投票するのか

近年の総選挙の後に実施した調査では、10人に1人、つまり約300万人の有権者が、自分は戦術的に投票したと答えている。

下のグラフは、英総選挙で戦術的に投票した答えた人のパーセント。「戦術的」もしくは、「本当はほかの党に入れたかったけれども、この選挙区では絶対に勝てないので、別の党に入れた」と答えた人たちだ。


戦術的に投票する人の割合は1990年代からあまり変化していない。一方で、選挙ごとに支持政党が変わるという人は増えている

どうやら、政治に詳しい人ほど戦術的に投票するわけではないらしい。浮動票だからそうするというわけでもないようだ。むしろ、その選挙区で下位にある候補たちがどれだけ支持されているかの方が要素としては重要で、下位候補の支持者が2位の候補をどれだけ支持できるか、そして当選しそうな候補がどれだけ嫌いかが、大事らしい。

さらに、少ない票数が大きい影響力をもつ激戦区だからといって、戦術的な投票が多いかというとそうでもない。比較的安定した選挙区でも、戦術的に投票する人たちはかなりいる。

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投票後の政党の順位は事前にはなかなかはっきりしない。そのため、有権者は戦術的にと思っても間違って入れてしまうこともある。つまり、本当に支持する政党Aに入れずに勝てそうな政党Bに入れたのに、フタをあけてみれば政党Bの方が順位が下だったというような展開だ。

とは言うものの、ほとんどの人は自分の支持政党が絶対に勝てないとはっきりしている時にこそ、戦術的に投票しがちだ。

戦術的投票が効果的だったことは

保守党政権が10年以上続いた後の1990年代には、労働党と自由民主党の支持者たちはお互い、保守党候補を倒せる可能性がある選挙区では進んで戦術的に投票しがちだった。

これが最高潮に達したのは1997年で、戦術的投票によって保守党は46議席ほど失い、労働党は35議席、自由民主党は11議席増やしたと言われている。

しかしながら、戦術的投票は大勢が参加しなければ、何の効果もない。

スコットランド独立住民投票の直後の2015年総選挙では、スコットランド国民党(SNP)に対抗しようとする人たちの間で、反独立派を集めた戦術的投票を呼びかける動きがあった。SNPを追い落とすために、保守党支持者が労働党に入れるほどの極端な展開もあった。

これで確かに労働党はスコットランドで唯一の議席を確保し、全敗せずに済んだ。とはいえ、SNPはスコットランドでの得票率は50%にわずかながら満たなかったものの、スコットランドの59議席中56議席を確保し、ほぼ全勝した。

今回の選挙で戦術的投票はどうなる

2019年総選挙の戦術的投票は、2017年総選挙以上に、ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)について有権者がどう割れているかに大きく左右されるだろう。

欧州連合(EU)離脱派の間では、ブレグジット党と保守党が、EU残留や2度目の国民投票を支持する政党の現職から議席を奪おうとしている選挙区で、戦術的投票が行われるだろう(ブレグジット党はすでに、保守党が前回勝った選挙区では候補擁立を控えている)。

「ブレグジットを実現する」という保守党の選挙公約は、ブレグジット党支持者に向けたものだという要素もある。保守党の方が勝つ確率の高い選挙区では、戦術的に投票するよう呼びかけているのだ(全てではないものの、ほとんどの選挙区で)。

EU残留派の間の戦術的投票はもっと複雑だ。というのも、もっとたくさんの政党が、ブレグジットについて様々な政策を掲げているからだ。

自由民主党、SNP、プライド・カムリ(ウェールズ党)、緑の党はいずれも残留を支持している。労働党は2度目の国民投票を支持しているが、残留・離脱のどちらかを明確に掲げているわけではない。

残留派の各党は他の政策課題について相違点があり、お互いの党首をしばしば痛烈に批判しあう。それだけに、各党の支持者は必ずしも戦術的に他の党を支持したがらない。

どの残留派の候補が保守党から議席を奪いやすい状態にあるのか、特定するのはなかなか難しい。というのも、前回の総選挙では同じ残留派でも、政党と選挙区によって強かったところと弱かったところが異なるからだ。

下のグラフは、各種世論調査による政党別支持率の推移(12月11日現在)。青(CON)が保守党、赤(LAB)が労働党、オレンジ(LD)が自由民主党、黄(SNP)がスコットランド国民党、水色(BRX)がブレグジット党、緑(GRN)が緑の党、黄緑(PC)がウェールズ党、紫(UKIP)がイギリス独立党、灰色(TIGfC)が「変化のための独立グループ」。


さらに、2017年以降、世論調査の結果が大きく変化している。世論調査の平均をみると、労働党の支持率は前回選挙から10ポイント下がり、自由民主党の支持率は6ポイント上がっている。

ということは、前回選挙で保守党が勝ち労働党が2位になった273選挙区のうち、多くて55選挙区では自由民主党の方が今や労働党より優勢かもしれない。

戦術的投票ウエブサイト

今回も含めて総選挙では、注目選挙区では選挙区ごとの世論調査も行われてきた。選挙区ごとの政党支持率を事前に把握するための、複雑な世論調査モデルも登場している。

様々な活動団体がこうした調査モデルを使い、特定の選挙区で特定の政党を当選させようと行動を促すウエブサイトを立ち上げている。

票のスワップを調整するサイトまである。つまり、別々の選挙区にいる人同士をマッチングさせて、お互いが戦術的に投票できるように仲介するのだ。自分は本当は政党Aに入れたいが自分の選挙区では勝てそうにないので政党Bに入れる。代わりにマッチングされた相手(本当は政党Bに入れたい)が別の選挙区で、政党Aに入れてくれるという仕組みだ。

戦術的投票サイトは、どの残留派政党がどの選挙区で勝てそうか、だいたい同じ意見だが、必ずそうとも限らない。

世論はサイト立ち上げ後にも変化しており、投票日までにはさらに変わっている可能性がある。そしてもちろん、どの世論調査も予測も、正確でないかもしれない。

つまり、戦術的投票サイトは必ずしも信用できない。有権者は結局、自分が誰に入れたいか、なぜその人や政党に入れたいのか、自分で判断しなくてはならないのだ。


<この記事について>

この記事は、BBC外の専門家にニュース解説の寄稿を依頼したものです。

スティーヴン・フィッシャー氏は政治社会学の准教授で、オックスフォード大学トリニティ・コレッジのフェロー。


(英語記事 General election 2019: What difference could tactical voting make?