
2019年12月12日 14:02 公開
ミャンマーの指導者アウンサンスーチー国家顧問兼外相は11日、国連の国際司法裁判所(ICJ)に出廷し、同国軍が少数民族ロヒンギャにジェノサイド(集団虐殺)を行ったとの訴えに「不完全で不正確だ」と反論した。
仏教徒が多数派のミャンマー(旧ビルマ)では2017年、イスラム系のロヒンギャに対し、軍が掃討作戦を実行。数千人が死亡、70万人以上が隣国バングラデシュへ逃亡した。
国際社会からは残虐行為との批判が上がり、矛先はノーベル平和賞受賞者のアウンサンスーチー氏にも向けられている。
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従来の主張をなぞる
アウンサンスーチー氏は法廷で、多くのロヒンギャが暮らしていた西部ラカイン州の問題は、何世紀も前にさかのぼると指摘。
ミャンマー政府は、同州における過激派の脅威と戦っており、暴力行為は「内政上の武力衝突」だと主張した。
これは、同国のかねてからの立場を維持するもの。
アウンサンスーチー氏はまた、武力衝突の発生は、ロヒンギャの武装勢力による政府治安部隊への攻撃がきっかけだと述べた。
虐殺、レイプの証言には一切触れず
一方、軍が過度の武力行使をした場合もあったかもしれないと認める場面もあった。
アウンサンスーチー氏は、もし戦争犯罪に当たる行為があれば「兵士は訴追される」と述べた。
さらに、ラカイン州を離れた人々について、安全な帰還を実現すると宣言。裁判所に対し、紛争を悪化しかねない、いかなる行為も避けるよう強く求めた。
BBCのニック・ビーク・ミャンマー特派員によると、アウンサンスーチー氏は、軍が民間人を銃撃の対象にしていたことを認めた。
しかし、ミャンマーは戦争犯罪人を法で裁くと主張。国が積極的に悪事を捜査しているのに、なぜそれを集団虐殺と呼べるのかと裁判所に問いかけた。
この日、アウンサンスーチー氏はほんの一瞬、ビーク特派員がこれまで聞いたことのなかった自責の念を示した。ロヒンギャの名前は出さずに、バングラデシュに逃げた人々の「苦難」について語ったのだった。
それでも、前日に3時間にわたってアウンサンスーチー氏が耳にした、集団殺害やレイプ、放火の証言については、ひとことの言及もなかった。
自由を奪った軍を擁護
かつて民主主義の象徴として国際的に称賛されたアウンサンスーチー氏は、ロヒンギャに対する軍事作戦が始まる前の2016年4月から、ミャンマーの実質的な指導者をつとめている。
軍に対する直接の権限はもたない。しかし国連の調査団は、アウンサンスーチー氏が掃討作戦に「共謀していた」とみている。
アウンサンスーチー氏は今回、自分を長年にわたり自宅軟禁していた軍を擁護するため、法廷に立っている。
難民たちの受け止めは?
バングラデシュ・コックスバザール県のクトゥパロン難民キャンプでは、テレビで法廷の中継を見ていた難民たちから、「うそつき、うそつき、恥を知れ!」と大きな声が上がった。
「彼女はうそつきだ。とてつもないうそつきだ」。アブデュル・ラヒーム氏(52)は、コミュニティセンターでそう話した。
一方、ハーグの裁判所の近くでは、ロヒンギャ支援のデモ隊が、「アウンサンスーチー、恥を知れ!」と声を張り上げた。
アウンサンスーチー氏とミャンマー政府を支持する約250人も裁判所前に参集。アウンサンスーチー氏の顔と「あなたの味方だ」の文字が書かれたプラカードを掲げた。
呼びかけ人の1人で、現在はヨーロッパで暮らすビルマ国籍のフォフュタント氏は、「世界はアウンサンスーチー氏に対し、もっと辛抱強くあるべきだ」とBBCに語った。
「私たちは彼女を支持し、今も信じている。私たちの国に平和と繁栄をもたらし、このとても複雑な状況を解決できるのは彼女しかいない」
原告はアフリカの小国
この裁判では、イスラム教徒が多数を占める西アフリカの小国ガンビアが、多くのイスラム教国を代表して原告となっている。
同国のアブバカル・マリー・タンバドゥ司法長官兼法相は10日の法廷で、「ガンビアが求めているのは、ミャンマーに無意味な殺人を、我々の良心にショックを与え続けている残虐行為を、国民に対する集団虐殺を止めさせることだ」と話した。
タンバドゥ氏は10月、BBCの取材に対し、バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプを訪れ、殺人や強姦、拷問について話を聞き、原告になることを決めたと話している。
ミャンマーへの疑惑
2017年初め、ミャンマーには100万人のロヒンギャがいた。その大半は、西部ラカイン州に住んでいた。
しかしミャンマーはロヒンギャを不法移民と見なし、市民権を与えていない。
ロヒンギャは長い間迫害されていたが、2017年にはミャンマー軍がラカイン州で大規模な軍事作戦を開始した。
ガンビアがICJに提出した訴状によると、ミャンマー軍は2016年10月から2017年8月にかけ、ロヒンギャに対する「広範囲かつ組織的な一掃作戦」を実施したとされる。
この一掃作戦で、ミャンマー軍は大量殺人や強姦、「住民を閉じ込めた状態での」建物への放火などによって「ロヒンギャを集団として、全体あるいはその一部を破壊しようとした」とガンビアは主張している。
国連も証拠を入手
国連の事実調査団も数々の明白な証拠を見つけ、ラカイン州でのロヒンギャに対するジェノサイドについて、ミャンマー軍を調査すべきだとの結論に至った。
国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)は8月、ミャンマーの兵士が「女性や少年少女、男性、トランスジェンダーの人々に対し、強姦や集団強姦といった暴力的かつ強制的な性行為を繰り返し、組織的に行った」とする報告書を発表している。
5月には、ラカイン州イン・ディン村でロヒンギャの男性10人を殺害した件で有罪となった兵士7人が、すでに釈放されていたことが明らかになった。
ミャンマー当局は、軍事作戦はロヒンギャの武装勢力を標的にしたものだと主張。ミャンマー軍も内部調査で問題がなかったことを発表している。
虐殺認定には数年かかる見通し
ガンビアはICJに対し、ミャンマー国内外のロヒンギャを脅威や暴力から守る「一時的な措置」を講じるよう求めている。これは、承認されれば法的拘束力を持つ措置となる。
ミャンマーがジェノサイドを行ったという判決を出すには、ICJは同国がロヒンギャの「全体あるいは一部分を破壊しようと意図していた」ことを明らかにする必要がある。
ただ、この判決には強制力がなく、アウンサンスーチー氏や軍高官らが自動的に逮捕され、起訴されるというわけではない。
しかし有罪が確定すれば国際的な制裁につながる可能性があり、ミャンマーの評判や経済に多大なダメージを与えることになる。
今回の審理は3日間にわたり、ロヒンギャ保護の一時的措置をICJが承認するかが焦点だ。ただ、ジェノサイドの認定には数年がかかるとみられている。
ロヒンギャの現在の状況は?
軍事作戦が始まって以降、数十万人のロヒンギャがミャンマーから逃亡している。
9月30日時点で、バングラデシュには91万5000人のロヒンギャ難民がいる。うち8割は2017年8~12月に到着した人たちだという。
バングラデシュは今年3月、これ以上の難民は受け入れられないと発表。8月には自主帰国スキームを立ち上げたものの、これに応じた人はいないという。
また、ロヒンギャ難民10万人をベンガル湾の小さな島に移住させる計画も立ち上がったが、39の人道支援団体や人権団体などがこれに反対した。
9月には、BBCのジョナサン・ヘッド東南アジア特派員が、ロヒンギャ住んでいた村々が破壊され、警察の官舎や政府の建物、難民キャンプがつくられていることを突き止めている。