2019年12月27日 11:10 公開

ローランド・ヒューズ、BBCニュース

2019年は抗議活動が全ての大陸を席巻したと言っても過言ではない。南極大陸ですらデモが起きたのだから。

スーダン、アルジェリア、ボリビアでは、長年政権を握っていた大統領が抗議活動を受けて辞職した。イラン、インド、香港では12月に入っても暴動が続き、2020年へと持ち越されそうだ。

ここでは、2019年に勢いを得た3つの抗議活動を振り返る。デモに早い段階で参加した人たちが、なぜそうしたのか、何が変わったのかを語る。


レバノン

何が起きた?

  • レバノンは過去数十年間で最悪の経済危機に見舞われている。国民の約3分の1 が貧困ライン以下の生活を送っている。
  • 10月にはレバノン・ポンドの価値が下落し、たばこ、ガソリン、ワッツアップなどのアプリの音声通話に新たに税金がかけられたことで抗議活動が起きた。
  • サード・ハリリ首相が辞任したが抗議活動は続き、12月になっても激しい衝突が発生している。

抗議した理由

ヌール・ミラ・ジェハさん(17)、学生

私と友だちは、今回の抗議活動の前から、運動が起きてほしいと思っていた。私たちは現実に社会的、経済的な問題を抱えていて、人々がそれに気づいて動くために、時間がほしかった。

レバノンは宗教や宗派が争っている国なので、自分で何かを始めるのはかなり難しい。私たちはごく少数派だった。それが、政府がワッツアップの通話に料金をかけたことで、少し背中を押された。レバノンでは、電話代を支払えない多くの人々がワッツアップを使っているので。

ある日、教育相が抗議活動の場に現れた。人々が彼の車を取り巻いて抗議し始めると、彼の警備担当が車から降りて発砲し始めた(死者は出なかった)。そのとき、市民たちはもうがまんできなくなった。政治家たちが私たちのことを本当はどう思っているのか、みんな気づき始めた。

次の日、私と友人は出かけた。私たちは革命だと言い始めた。その日、レバノンは宗教的な問題を棚上げにした。レバノンで最大の問題の1つは、政治制度全体を宗教が握っていることだ(レバノンでは18の宗教コミュニティーがあり、そのうち3つの最大規模のコミュニティーが、政治の主要な3役職を分け合っている)。

でもその夜は、レバノン国民が団結した。それはちょっとした衝撃だった。年上の世代もいるのに気づいた。それを見て、変化が起きているとわかった。

私たちは、何度も私たちを失望させた政治家ではなく、テクノクラート(技術官僚)による政府を望んでいる。そして、選挙権は21歳ではなく18歳でもてるようにしたい。1カ月や2カ月で物事が変わるとは期待していない。でも、あきらめてしまうと、これまでの努力が無駄になってしまう。

私は海外留学に申し込んでいる。以前はこの国に戻りたいのかわからなかったが、今では100%帰国すると確信している。優れたルールをもつ社会がどう機能するのかを見て、そこから学んで、戻ってきたい。


チリ

何が起きた?

  • 10月に地下鉄運賃が値上げされ抗議活動が発生した。値上げはのちに撤回された。
  • その後、生活コストと格差に対する不満を問題とし、サンティアゴで100万人が行進した。
  • 少なくとも26人が死亡し、国連は警察と軍の対応を非難している。

抗議した理由

ダニエラ・ベナヴィデスさん(38)、英語教師

最初の週は、軍が路上に出動していたので、それを見たいと思った。警察はよく見かけるが、機関銃を持った軍隊となるとまったく別の話だ。

初日、私は写真を撮ろうと思って出かけた。多くの人がデモに参加し、この国の歴史ゆえに、軍と向き合っているのを見た(チリは1973~1990年、軍事独裁政権が支配した)。

翌日、この抗議に加わる必要があると感じて出かけた。すべの要求を支持していたし、私の職場でも格差を目の当たりにしているからだ。システムを変えなくてはいけない。たくさんの人が苦しんでいる。この世界のどんな人も、どの国の市民も、教育、健康、まともな生活環境、年金を手に入れなくてはならない。

私の生徒のほとんどは、今はとても悲しい時期だと言ったが、それでも闘うことを望んでいた。彼らは生まれてからずっと、このような人生を送って来た。お金がなくて医者に行けないのはどんなことなのか、彼らは知っている。助成金がなければ、彼らは勉強できない。

最も印象的だったのは、10月25日の金曜日の最大のデモだ。120万人以上が参加した。家族、学生、子ども、みんながいた。私たちは何らかの行動を取り、すべてがパーフェクトではないと世界に示す必要があった。チリは目覚めた。あの日、それがわかった。参加者は歌い、一緒に過ごした。本当にすごかった。

警察が多くの人にけがを負わせたのを見て、私はテレビを消した。受け入れられなかった。現実から目を背けたいわけではない。でも精神衛生上、こうしたことを見るのをやめる必要がある。

いまもデモに行くが、1時間か2時間で引き上げる。私たちは気をつけないといけない。警察に撃たれるかもしれないし、火炎瓶が当たるかもしれない。

(取材:BBCモニタリング、トム・ガームソン)


香港

何が起きた?

  • 中国本土への容疑者引き渡しを認める条例案をめぐり、6月にデモが始まった。
  • 条例案は取り下げられたが、デモ参加者たちは5つの主な要求を掲げ抗議活動を続けた。
  • 時として何十万人もが香港の通りを埋める。抗議活動は続いている。

抗議した理由

ヘレン(30) ※迫害を受ける恐れがあるため仮名

オキュパイ運動(2014年に選挙制度改革を求め、短期間で終わった「雨傘革命」)にも参加したが、今回は違うと感じた。

2014年の雨傘革命(雨傘運動)では、たくさんの人がとても落胆した。今回は5年前の出来事がよみがえったように思った。私が会った多くの人は、(改革を)実現できなければ、これからも決して成功できないし、それを受け入れなくてはならないと言っていた。これが勝負だと。

しばらくは、そのうち収まるだろうと思っていた。でも、人々の扱われ方は、以前よりずっと残虐になっている。私たちは前線から遠い場所にいたのに、催涙ガスを撃ち込まれた。非常に多くの人が怒っている。

ここ半年の間に、抗議活動が弱まっていくと心配したことが何回もあったし、地方選挙(11月に民主化を求めるグループが躍進した)の後は静かになっている。それでも、すぐに止まるとは思わない。行方不明になる人や、逮捕される人のニュースが流れ続けている。いまも頑張っているのは若者だが、それはすごいことだ。

心に大きな傷ができるような出来事だったから、香港を離れた今になってやっと、少し正気になれたと感じる。多くのニュースを見聞きするが、テレグラム(メッセージアプリ)のグループはミュート(通知を制限)した。でも1時間ごとにニュースをチェックしている。

私は(要求の実現については)かなり悲観的だ。普通選挙が開かれるようになるとは思わない。中国は絶対に認めない。でも心のどこかで、いくつかの要求は実現することを願っている。完全な勝利はないだろう。それでも、小さな勝利に意味がある。

(英語記事 The year in protests: What happened next?