しかし、日本の交戦権を否定し、陸海空軍の保持を禁じる憲法9条2項は、乗り越えられてしかるべき条項だと私は思う。日米安保が日本の左右両極に刺さった棘(とげ)であり続けたのは、日本がまさに軍の保有を禁じられたのに、警察予備隊、ひいては自衛隊を創設したからである。

 自衛隊を自分たちの持ち物と思わず、米国の道具と見た。それゆえに、自衛隊に対する配慮も統率の意思も欠けていた。

 現政権に反対する人は、こんな総理に正規軍を持たせては危ない、と考えるだろう。逆に、今の野党に反対する人は、そこから総理が出たときに、軍をその人が指揮することを見るのは耐え難い、あるいは危ない、と思うだろう。しかし、好悪の感情を超えて機能する軍でなければ、それはきちんとした制度とは言い難い。

 民主国家とは、三島が言うように、人間の本性をむき出しにすれば恐ろしいことになるからこそ、制度を通じて縛ろうという考え方なのだ。三島は既出のコラムの中で、「“日大解放区”の恐しさ」を取り上げ、このようなことを言っている。

 青年は人間性の本当の恐しさを知らない。そもそも市民の自覚というのは、人間性への恐怖から始まるんだ。自分の中の人間性への恐怖、他人の中にもあるだろう人間性への恐怖、それが市民の自覚を形成してゆく。互いに互いの人間性の恐しさを悟り、法律やらゴチャゴチャした手続で互いの手を縛り合うんだね。
 そうした法律やら手続きやらに、人間性の恐しさにまだ気づかない青年が反撥するのは当然といえ当然なんで、要は彼らに人間性の本当の恐しさを気づかせてやりゃあいい。気づいたものと気づかない者、市民と青年――これは永遠の二律背反だね。


 このあと、三島は既に気付いたものの中にも青年期へのノスタルジアから青年にシンパシーを寄せるものが出てきたのは困ったことだと苦言を呈するが、問題は年齢ではないことは現在の日本を見れば分かるだろう。三島の中にあるこの大人性は、日本国憲法の将来を考える上で、一番参考にしなければいけないものだと思う。

 「儀礼」を重視し、国としての誇りにこだわって自ら抗議の自殺をした三島は、なぜそこまで型にこだわったのか。それは、国家や国民が凶暴な人間性を解放するのではなくて、平和を希求し、有事に備え続ける姿勢を保つために必要なのが「儀礼」だと彼が思い詰めたからだろう。
三島由紀夫の告別式に参列し、手を合わせる一般参列者=1971年1月24日、築地本願寺
三島由紀夫の告別式に参列し、手を合わせる一般参列者=1971年1月24日、築地本願寺
 三島の行動は反動的で短絡的だったが、平静なときの彼の文章を読めば、主権国家を成り立たせる精神の分析において、彼は間違っていない。

 没後50年の三島に報いることは、現在の私たちが直面する政治化した課題に三島を利用することではない。彼の持っていた大人性と真摯さをともに私たちが受け取って、激動の時代をどう生きていくかを考えることこそが、彼に対する供養になるだろう。