しかし、三島事件の時代、自衛隊は特に世論から、現在では想像できないほど厳しい目で見られていたことも事実である。三島事件以降、特に冷戦崩壊以降の自衛隊とはどうであったのか。簡単に言えば、軍隊としての体裁を着々と整えつつある。

 三島時代ではありえなかった、航空母艦保有(いずもの改修によって事実上の空母化)、空中給油機の導入(専守防衛の観点から航続距離延伸には慎重論があった)、水陸機動団の創設(事実上の海兵隊機能)、そしてスパイ衛星(政府は多目的衛星と呼ぶ)の運用等々と、三島時代では考えられないほど自衛隊の軍隊機能は整っている。

 そして、三島時代では議論することすらためらわれた集団的自衛権の行使は、現在政府解釈で容認され、限定的にだが行使できると変更されている。三島時代には一切発令されなかった海上警備行動は、1999年の能登半島沖不審船事件の際に、野呂田芳成防衛庁長官が戦後初めて発令したのち、中国原子力潜水艦領海侵犯事件(2004年)、ソマリア沖海賊対処(2009年)と3度発令されている。

 つまり、三島時代に「憲法によって手足をがんじがらめに縛られた自衛隊」という姿は、もはやどこにもないのである。来年度の防衛予算は約5兆3千億円と過去最高を更新。1995年の阪神淡路大震災、そして2011年の東日本大震災における自衛隊員の果敢な救援活動などは国民に広く自衛隊に対し好印象を与え、各種世論調査でも「自衛隊に対し好感を覚える」という回答が大きくなっているのも事実だ。

 事程左様に、三島事件を肯定的にとらえる人々も、また否定的にとらえる人々も、三島事件の時代の日本と現代の日本の状況が根本的に異なることをまず出発点に置くべきである。そして、三島が檄文の中で執拗に唱えた「憲法改正=自衛隊の目ざめ」というのも、爾来50年が経過し、三島が呪詛(じゅそ)した日本国憲法はただの一文字も変わっていないのに、自衛隊の装備・活動範囲は前述した通り、限りなく軍隊に近いものに置き換わっている。はてさて、1970年時代の三島の檄文が、「ごく普遍的に」現代日本に援用できるかと言われれば、私はそうは思わない。

 日本国憲法9条を変えなければ、自衛隊は国軍たりえない、というのは確かに政治的右翼の中からYP体制打破(ヤルタ・ポツダム)の掛け声とともに戦後言われ続けてきたし、現在も言われ続けている。日本国憲法は公布からただの一文字も変わっていないのだから、確かに書類上、自衛隊は国軍ではない。日本には軍隊はいないということになる。

 しかし、日本にアーミー(軍)は存在しない、などと外国人に説明して誰が納得するだろうか。世界有数のイージス艦隻数と、最新鋭の制空戦闘機、そして機動的陸上部隊を多数擁しておきながら、自衛隊は書類上軍隊ではないのだ、というのはあまりにも苦しい言い訳だ。
海上自衛隊の護衛艦「いずも」=2019年1月、神奈川県横須賀市
海上自衛隊の護衛艦「いずも」=2019年1月、神奈川県横須賀市
 ある種の政治的右翼は、現行憲法のせいで、日本は集団的自衛権を行使できず、また空中給油機も持つことができず、航空母艦保有などもってのほかで、スパイ衛星はその運用ができない。「だから憲法を変えるのだ!」という理屈を言い続けてきた。