2020年01月06日 17:03 公開

ウィル・グラント、キューバ特派員、BBCニュース

ヘクター・フェルナンデスさんの家の冷蔵庫には、鍵がかかっている。

台所の特注ドアにも、食器棚や薬棚にも、鍵がかかっている。

口に入れる可能性が少しでもある物が置かれた場所は、しっかりとガードされている。鍵は夜、ヘクターさんの枕の下に隠す。

ヘクターさんは泥棒の被害妄想にとらわれているわけではない。彼の息子が、治療不能の遺伝子疾患プラダー・ウィリー症候群を患っているのだ。

1956年に発見され、研究者2人の名前がつけられたこの症候群の患者は、衰えることのない飢餓感に襲われ続ける。

いつも腹ぺこ

ヘクターさんは息子クリスティアンさん(18)について、目を離せば実質的に、自分自身を食い殺してしまいかねないと言う。

「犬の皿にあるドッグフードを食べ、ごみをあさり、練り歯磨きを食べてチューブを空にしてしまう」

「彼にとっては全てが食べ物で……」と言ったところで、ヘクターさんの声が途切れた。クリスティアンさんが、おなかがすいたと割り込んで来たからだ。

ヘクターさんはパイナップルを一切れ、クリスティアンさんに与えた。午前中の糖分摂取量が制限を超えないよう、あらかじめカットしておいたものだ。

15番染色体の異常から起こるプラダー・ウィリー症候群は、患者と家族に深刻な影響を及ぼす。

この病気の子どもは、肥満や、寿命を縮める糖尿病に苦しむことが多いほか、精神発達や行動に関する問題を抱えている。

まれな病気

クリスティアンさんは温和な人物だが、食べたい物についてだめだと言われると、突然乱暴になることがある。

「カテゴリー5(最強)のハリケーンみたいに、通り道にあるものは何でも破壊してしまう」と、ヘクターさんは、クリスティアンさんが最近暴れたときの動画を見せながら言う。

ヘクターさんと妻は、クリスティアンさんが自分自身やヘルパーを傷つけたりしないよう、彼をいすに縛りつけたこともあった。

「その日ごとに何とか対応している」と、ヘクターさんは抑え切れない涙を見せながら話す。「私が死んだら一体どうなるのか」という不安は、プラダー・ウィリー症候群の子どもをもつ親に共通している。

「専門家がいない」

この病気の合併症への対処は、キューバでは特に大変だ。

ヘクターさんは、クリスティアンさんの体重を一定に保ち、血糖値を管理するため、マクロビオティック(玄米と野菜が中心)の食事を与える努力をしている。

しかし、長年に渡るアメリカの経済制裁と、経済政策の失敗に見舞われている島国キューバでは、適切な食材と薬を手に入れるのは難しい。

キューバ政府は自国の医療制度を誇るが、十分な資金が投じられていない状態が続いている。ヘクターさんによると、キューバの医師はプラダー・ウィリー症候群を治療した経験が、ほぼないという。

「まれな病気だけに、この病気の患者を診たことがある医師は、この国にはわずかしかいない」とヘクターさんは説明する。「診たことがある人も、20年に1回診ただけかもしれない。ここには専門家が全くいない」

ヘクターさんは、プラダー・ウィリー症候群の患者は、栄養士、精神科医、理学療法士など、この病気を理解した幅広い専門家に診てもらうべきだと話す。

ただ、状況は変わり始めている。

何が必要か学び合う

キューバでは先月、プラダー・ウィリー症候群の10回目の国際会議が開かれた。研究者や臨床医、患者とその家族が一堂に会して、経験を語り合った。

国際プラダー・ウィリー症候群協会の会長を務めるトニー・ホランド教授は、「最も大事なのは、優れた医療サービスがある国や、貧弱なサービスしかない国、まったくサービスを受けられない国から家族や科学者、介助者が集まって、互いから学ぶことだ」と話す。

そうすることで、おのおのが帰国してから、「よりよい医療サービスや子どもへの適切な治療に関する議論」をするようになるのが狙いだという。

英ケンブリッジ大学の精神医学の名誉教授であるホランド氏は、プラダー・ウィリー症候群に長年関わり、世界各地における対応状況を見てきた。キューバは依然として大きな進歩が必要ではあるものの、明るい兆候も見られると話す。

「キューバでは現在、遺伝子診断が可能になっている。医師はプラダー・ウィリー症候群のことを知り始めているし、プラダー・ウィリー症候群の患者の家族がコミュニティーをつくっている。これはとても大事なことだ」

死の危険も

これは、ヘクターさんの経験と符合する。2010年、患者の親たちは最初の全国集会を開いた。参加者はわずか6人だった。

しかし現在、患者の家族は100以上確認されている。インターネットの発達のおかげで、家族たちは小まめに連絡を取り合っている。

ヘクターさんはクリスティアンさんの昼食に、生野菜と、全粒粉と米粉のケーキを用意した。キューバでは、米粉のケーキを手に入れることさえ一苦労だ。

それでもヘクターさんは、プラダー・ウィリー症候群の患者への対処にすっかり慣れた。いまや、この病気について近所の人たちに教えるようになっている。

ヘクターさんは近隣住民たちに、クリスティアンさんは少し太っていて精神的に未熟だが、それだけではなく、毎日、死の危険性に直面していると説明する。

「ここらでは、いい子にはごほうびに、あめをあげることが多い」とヘクターさんは言う。「でも人々は、あちこちで甘いものをあげていたら、彼が死んでしまうかもしれないことに気づいていない」

(英語記事 The children at risk of eating themselves to death