一読して素人と分かるコメントなので目くじらを立てる必要もないのだが、賛否を見れば日本の空気がそれと変わらないことが理解できるので心配だ。やはり日本という国は、好き嫌いを価値観という糖衣で包んだ外交しかできない国だとよく分かるからだ。

 いくら腹の立つ相手でも口には出さず、ニコニコしながら自らの利害を冷徹に計算するロシアや中国と「陸続きでなくてよかった」と思う瞬間である。

 日本がまず考えなければならないのは「中国ざまあみろ」ではない。この変化をどのように日本の追い風として利用できるか、である。しかも、中台双方と良好な関係を保ちつつ、一番得をする道を探ることだ。こんな当たり前のことがなぜ普通にできないのか。

 国際政治のリアリティーを知らない国民の悲しさだが、基本的な素養がないという意味では、ほとんどの人が日中関係の基本を理解していないことも分かる。

 国と国との関係は誤解を招きやすく、隣国となればあっという間にナショナリズムに引っ張られ、危機を招く。だからこそ外交が重要なのだ。二つの国はコミュニケ(声明文)や、それに基づく条約などで関係を深めてゆく。日中関係も例外ではない。

 今春予定されている習近平国家主席の訪日にともない「第五の文書」の発出の有無が話題になるのも同じ文脈だ。

 戦後、長らく外交関係を持たなかった日中が国交正常化に踏み切ったのは1972年のことである。ここで出されたのが日中共同声明である。
1972年9月29日、北京の人民大会堂で日中共同声明の文書を交換する田中角栄首相(左)と中国の周恩来首相(代表撮影)
1972年9月29日、北京の人民大会堂で日中共同声明の文書を交換する田中角栄首相(左)と中国の周恩来首相(代表撮影)
 声明は簡潔にいえば、「お互い仲良くしたいけど、これだけは守ってね」という条件だ。具体的には、日本側が過去において戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことに「責任を痛感し、深く反省する」ことなどが記されてある。この声明で最初に触れられているのが、中華人民共和国政府を「中国の唯一の合法政府である」と承認するということだ。

 そして、中国が台湾を領土の不可分の一部であると表明したことに対して、日本国政府が「(中国の)立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」と応じている。「理解」と「尊重」という表現でぼかしてはいるが、日本はこれを受けて中華民国(台湾)と断交したのだ。つまり、日中関係の「一丁目一番地」は台湾問題であり、その意向を無視することは共同声明に違反することにもなるのである。